ま え が き
排水処理センター長 林 謙次郎
40年前に受けた学生実験は極めて大らかなものであった。ガラス器具も試薬も,又,ガスにさえ事欠くような状態であってみれば,20人足らずのわれわれ学生の排出する廃棄物の量などものの数ではなかったのであろう,実に気楽にものを捨て,流した。
10年を経て,30人の,さらには70人の学生実験を指導するようになっても,そのあり様には変化がなく,廃液はいうに及ばず,不明の試薬や危険な薬物は”流し”の栓を全開にして流させた。実験終了時の実験室大掃除のときには,使用してきたクロム酸混液の全てを派手に流させもした。
戦後20年の平和な時を経て,わが国の経済は目を瞠る程に豊かとなった。その寛裕の世に投げ込まれた大きな石があった。使用エネルギーの増加,採鉱や化学に関連する産業の拡大等に伴って顕現化してきた環境汚染,さらには化学物質の安易な利用に伴う健康被害などである。
いわゆる「公害」の問題に少しく関心を寄せたとき先ず感じたことは,「公害」抑止の側に立とうとするとかなりの忍耐が要求されるということであった。気ままに薬品を使用し,勝手に捨ててきた従来のあり様は実験室においても改めざるを得ないということであった。
14年前に「学識深く,教養の高い人材を育成する」ことを願っている大学が,環境汚染等防止対策委員会を発足させたのは,環境の問題において,大学人は多少の苦痛は覚えても他者との関係において義に徹すべきであるとの視点に立たれたからであると私は受けとめた。
その委員会が最初の答申において提示した「構内から一切の汚水を排出しない」との姿勢に沿って当該委員会は,本文中に述べられているように,多くの努力を以て幾多の成果を挙げてきた。その基本姿勢に則って定めた環境の水質汚濁防止の基本方針 一 廃棄物の非拡散すなわち排出者自からが発生源において,所定の処理方法に適合する徹底したT分別収集Uを行う 一 も誠に当を得たものといえよう。
過ぐる14年の時を省みるとき,一委員会や学内施設たる排水処理センターのみの努力を以てしては,大学の基本姿勢を堅持し,それに相応しい成果を挙げることは到底無理であることがわかった。
環境の問題は,その汚染者ともなり得る理科系の者ばかりではなく,文系の人々にとっても,単に電池や電球を廃棄するという視点からのみでなく,大学人としての生き様にも係ること故,共々に大きな関心を寄せるべき事柄のように思う。廃棄物処理技術の向上や科学者の倫理の問題など語るべきことが多くあるように思う。持てる知識・思想の開陳,新しい廃棄物処理技術の紹介・交流を通して全学の構成員の間に意志疎通を図ることが出来れば,構内の環境保全さらには改善が期待できよう。「環境保全」はそのことの実現のためのメディアとなることを願って刊行されるものである。かかる広報誌の刊行は環境汚染等防止対策委員会が担うべきではないかとの話もあったが,諸般の事情で当面排水処理センター運営委員会がその任に当った。「忍耐は苦いが,その実は甘い」(J.J.ルソー)。
環境を汚染しないとの大旆を掲げて,われら斉しく甘い実を求めて,苦難に耐えていきたく願う。