患者さんの為のアメニティ環境について
医療技術短期大学部看護学科三年 浅山 紀子
午前7時30分、山口大学医学部附属病院横の小さなロッカー棟内の鏡の前で、身嗜みを整える。臨床実習に向かう看護学生の朝の儀式である。私の受持ち患者さんは、今日で術後8日目である。一般状態も安定してきており、ADL(日常生活動作)もほぼ自立している。それでも、患者さんは日々どのように変化するかわからない。患者さんが、心身共に常に最良の状態にあるように援助していくことが、私達看護学生の課題である。患者さんの苦痛のない笑顔が、私達にとって何よりの糧となる。今朝の患者さんの様子はどうだろうと思いながら、私はロッカー棟の扉を開けて、朝のひんやりとした空気を胸一杯に吸い込み、病棟へと向かった。
風の冷たさは、もう秋が近いことを告げている。
「学生さん、今朝はね、散歩に行ってきたんですよ。手術の前には行く気がしなかったけれど、体がね、自由に動かせるようになったでしょ。今朝は天気もいいし、風がとても気持よかったですよ。」
病室を訪れた私に、患者さんは開口一番、嬉しそうにそう告げた。私は、患者さんと朝の散歩の喜びを分かち合った後、どの辺りを散歩して来たのかを尋ねてみた。患者さんの話によると、病棟を一周した後、外来の方まで行き、外に出て少し風に当たってから帰ってきたのだという。患者さんにとって、散歩が出来るまで回復されたということは素晴らしいことである。患者さんは、どのような思いでその道を歩いたのだろう。私の中に、その散歩道に対する興味が湧いてきた。そこで私は実習終了後、患者さんの散歩道を、自分も患者なったつもりで歩いてみたのである。
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オフホワイトの壁が続いている。病棟を一周してエレベーターを降りる時、私はふと、病院以外の場所に行きたいなと思った。外来への通路もやはりオフホワイトの道である。優しい色であるが、ここはやはり病院の中だという閉塞感は付き纏う。外来を出て、外の風に触れてはじめて私は解放感に浸ることが出来た。しかし、まだ何かが足りない気がする。私は目の前の樹木が綺麗に植えられた小さな円形の公園の中に足を踏み入れた。ゆっくり歩いても、30秒でまわりきってしまえる小さな公園。私はそこから周囲を改めて見渡してみた。医学部附属病院を囲む樹木は決して少なくはない。しかし、整然と、あまりにも整然としすぎているように私には感じられたのである。それは、アスファルトと緑の調和であった。患者さんにとって、また看護に疲れた家族にとって、この散歩道は最良とはいいがたいなと私は感じた。アメニティ、すなわち心地よさ、快適さを追求するならば、この整然とした調和を崩すべきなのではないかと思った。患者さんや家族の為に、もっと広い公園と芝生のある散歩道があればどんなにいいだろう。そこには四季を彩る花が咲き、雨上りには土の匂いが残っている。雨除け、日除けのあるベンチは、疲れやすい患者さんがすぐに休めるように数多く用意されている。そのような環境が、患者さんの回復力、気力をさらに高めるのではないかと思った。勿論、これは理想論である。実際問題として、限りある敷地面積や予算、土壌の性質などにより、理想通りにはいかないことは承知している。それでも、少しでも改善の可能性があるならば、患者さんの為のアメニティ環境について、もう一度検討する必要があるのではないだろうかと思った。
また、医学部附属病院内での日々の医療、看護におけるアメニティ環境についても考える必要がある。医療従事者の態度や人柄が、患者さんや家族に与える影響は大きいと思う。医療従事者の態度や人柄が良ければ、患者さんは安心し、それが信頼にもつながっていくと思う。私達看護学生も、言葉遣いや態度は勿論のこと、節度のある行動をとり、常に真摯な気持ちで患者さんに接することが必要である。山口大学医学部附属病院は、患者さんの為に存在しているのである。
私達看護学生は、明日もまた鏡の前で身嗜みを整えるだろう。それが、患者さんの為のアメニティ環境の第一歩だと信じているからである。