生命の歴史からみた地球環境

                             理学部  宮田雄一郎

 地球は少なくとも過去6億年の間,生命を育んできました.しかし,中には生物の絶滅をもたらすほどの大きな環境の変化があったことが知られています.今,地球規模の環境破壊が問題とされるにあたって,この惑星の環境がその歴史の中でどれほど悪化したり回復してきたのかを知ることは,地球の環境を保つシステムを理解し,また文明活動の影響も含めた今後の環境変化を予測する上でも,重要なことといえるでしょう.

 地球史という長い時間スケールとグローバルな観点に立って,地球の気候システムの理解がここ10年ほどの間に大きく進んできました.もちろんまだわからない部分がたくさんあります.その中でとくに地球環境と生命の関わりについて考えてみたいと思います.

 最近,速見格先生(東大)がとても興味深い話を雑誌に寄せられていました.先生は古物学という化石,とくに二枚貝を専門に扱われてきた方です.タイトルは「二枚貝類の体サイズ変化と大量絶滅の要因に関する一仮説」というものです.以下にその内容をかいつまんで紹介しながら環境と生命の歴史をたどってみたいと思います.

小型種から大型種への進化

 古くから多くの動物化石の系列で時代とともに大型化することが知られていました.高校の地学の教科書には,イヌほどの大きさから次第に大型化していくウマの進化が,きまって載せられていたものです.秋吉台の石灰岩にたくさん含まれているフズリナという小さな原生動物化石も,初期の種は非常に小さなものです.小型種は古生代末(地球史上最大の大量絶滅)や中生代末(恐竜が滅んだ時期)のような生物界の大量絶滅のときにみられます.二枚貝だけでなく動物の体の大きさは,成長速度と生長期間(寿命)で決まるものでしょう.同じ種でも生息域,環境によってこれらは異なるようです.二枚貝の棲む特殊な環境として深海と海底洞窟があります.深海に棲む二枚貝は小さいといいます.数千メートルの深海になると,海洋表層のプランクトンや陸地からの栄養分はほとんど届きません.いっぽうで,深海でも熱水の湧き出す場所では大型のシロウリガイという貝のコロニーがみつかっています.これは,熱水を栄養源とする細菌と共生しています.従って,栄養源が貝の大きさを制約していることが考えられます.

 海底洞窟でも,5mm以下の小さな貝が多いといいます.ここでも光と栄養が乏しいという,深海と共通した環境があります.さらに,幼生を保育する種が多いそうです.ここで,極端な栄養不足の環境下では,どのような戦略が種の存続にとって有利なのかと考えてみます.まず,多くの餌を必要とする大型の種は,数多く棲めませんから不利です.また,卵をたくさん産むというのも無駄が多いことになって,少子化と保育を選んだ方ががよさそうです.小型の種というのは,このような栄養不足に対する適応戦略をとった結果ではないかと,速見先生は考えておられるわけです.一つの系統の動物の祖先をたどっていくと,最古の種はほとんど例外なく小型であるといいます.小型の先祖種からは,次第に派生した種数が増えると同時に大型のものが現れてきます.しかし,地球史上何度も繰り返し起った大量絶滅では,大型の種の方が絶滅しやすい傾向があります.

絶滅と進化

 絶滅の原因には様々なものが挙げられています.中生代末の巨大隕石の衝突はあまりに有名です.しかし,これによる直接的な個体の死と種の絶滅は別問題でしょう.化石の証拠からいうと,それまで繁栄を極めていた動物が,ある日突然死に絶えたとはいえないようです.少なくとも1年や2年で絶滅したとは考えられず,はるかに長い時間がかかったといわれています.また,幾度かの絶滅事件はそれぞれに,主として海洋生物だけのものであったり,中でも浅海の生物に限られたりします.また,それぞれに,彗星や火山活動とそれによる粉塵で日光が遮断されるのが原因とされたり,あるいは寒冷化したり,海水準が低下して大陸棚が干上がったり,酸欠状態になったりしたのが原因であろうと,様々な仮説が出されています.もちろんその証拠も示されていますし,場合によっては反証も出されています.ともあれ,ある種環境の悪化のためにひとつの種が絶滅すると,それは食物連鎖を通じて次の種へと拡大していったことでしょう.とくに,プランクトンなどの一次生産が低下すると,多くの種に波及して,貝なども打撃を受けることになりそうです.このように栄養状態が悪化した時には,小型の種が有利であって,少数の小型種だけが無事に生き延びて,新しい系統の祖先となったのではないかいうわけです.以上,速見先生の論旨をつまみ食いした上に,勝手に脚色したりした節もありますが,あまりに興味をそそられる話でしたので,こうして紹介させていただきました.

生命と地球環境

 このように絶滅種と存続種を調べることで,どのような環境の変化があったのかを知る手がかりが得られそうです.その意味で,化石を生命進化の単なる結果としてではなく,地球環境モニターシステムの記録なのだと思って見ていく必要があるでしょう.

 地球が現在のような環境になってから,まだ1万年ほどしかたっていません.地球の歴史46億年から見るとつい昨夜のことです.それ以前の数万年は氷期といわれる時期で,平均気温は現在より5度も低く,海面は100mあまりも低かった時代です.従って瀬戸内海はすべて陸地だったわけです.そこに世界的な温暖化と同時に海水が浸入してきたので,海岸地域に住んでいた人々(とくに海洋民族)は次々に内陸へと移住を迫られたことでしょう.マンモスなどはこのとき絶滅しています.ここ1万年は温暖であり海水準も安定していたので,川が運んだ土砂で海岸は埋め立てられ,平野が拡大してきました.瀬戸内海をはじめ多くの浅い海とそれに伴う干潟が広がったため,たくさんの海洋生物が繁栄しています.それ以前の氷期には,現在でいう大陸棚が浅海ではなく陸地だったので,彼らにとっては温暖化でユートピアが開かれたことになります.こうして間氷期としての現在は,平野と浅海が多くの生物を育む時代となっています.

 いっぽうで,寒冷期に適応していた種にとっては災難です.かつて氷期の日本で生育していた多くの植物が,今では高山植物としてわずかに生き長らえています.しかしそこに高山がなければそれすら望めません.さらに,浅海の生物が生息域を拡大できたのに対して,陸の生き物は移動が制約されたり,孤立したりすることになります.低いところが水没した結果,半島が島になったりするためです.

これからの地球環境

 温暖期(間氷期)と寒冷期(氷期)は,ほぼ10万年おきに繰り返し訪れてきたことが知られています.こういった1万年とか10万年といった期間は,進化のスピードからいえば桁違いに短い時間です.それでも氷期−間氷期の繰り返しは,多くの種にとって試練の時期といえそうです.この間に絶滅した種も数多く知られています.人類の古代文明もまた,この環境変化に大きく支配されてきたようです.しかし,これからは違った道を歩むことになりそうです.人類はあらゆる手段で今後の環境変化を克服しようとするでしょう.

 しかし,問題はこれからです.これほど顕著な氷期−間氷期の繰り返しでさえ,そのしくみが未だに明らかではないのです.原因は太陽からの日射量の変動のようですが,それだけではこのような大きな気候変動には結びつかないといいます.地球の気候システムには特有の応答特性が潜んでいて,それを解明しようとする多くの努力が払われています.それでも,まだ解明には至っていません.さらに,仮にそのしくみが理解できたとしても,気候変化を制御したり克服したりできるとは限らないでしょう.地球はこれまで何度となく生命の危機や絶滅を経験してきました.それでも,危機を潜り抜けることができたからこそ,現在の生物界があるわけですし,環境もまた回復してきたわけです.そこから何を学かが今問われているのではないでしょうか.