ドイツにおける「循環経済」と「ドイツ・デュアル・システム」

山口大学経済学部助教授 マルク・レール

 子供の時、ドイツでのゴミ処理は極めて簡単でした。分ける必要もなく、発生するゴミをすべてそのまま一つのゴミ箱に捨てればいいという、非常に「楽」な時代でした。しかし、70年代に入って、やはり高度経済成長にともなう大量生産・大量消費の犯した罪のツケが来て、ゴミ処理が問題になり始めました。そして1972年に、西ドイツ国内で統一的に廃棄物処理問題に効率的に対応するため、連邦レベルで始めての廃棄物法が施行されました。この法律で、様々な廃棄物の収集・処理、最終処分について法的拘束力を持つ基準が定められました。
 この法律が見直されるたびに、ドイツの町並みが少しずつ変わってきました。私の故郷の街角にもまず瓶を回収するためのガラス・コンテナがポツポツと姿を現しました。まずは一括して瓶を回収するコンテナ一台でしたが、しだいにコンテナの種類が増えて、ガラスの色別の回収が始まったら、コンテナの数もさらに増えました。最初は「汚い」、「うるさい」、「醜い」と、当時の市民の評判はとても悪かったのですが、時間が経つにつれ、このコンテナは外観よりも果たしている役割が重視されることになりました。現在の「デュアル・システム」が導入される前は、国や地方自治体のゴミ処理対策はある部分、試行錯誤でした。しばらくのあいだ、私の故郷にも実験的に、細かいゴミ分別システムが導入されました。ガラスの色別回収はもちろん、生ゴミ、プラスチック容器二種類そして紙類の回収のためにそれぞれコンテナ一台が用意されていました。小さな町で、25ヶ所以上に六、七台のコンテナの列が登場しました。市民からは、いくらコンテナになれたといっても、あまりにも多すぎるという苦情も聞こえました。現在も公共の駐車場やスーパーや百貨店の駐車場の一角にガラス類(色別)と紙類の回収コンテナが置いてありますが、かつてほどの細かい分別は行われていません。
 こうして段々とドイツ人のゴミ問題に関する意識が高まって、それに応えるものとして、1986年には廃棄物発生の回避、再利用、処理、という目標の優先順位が法律で規定されました。さらに、1994年には、ドイツの憲法に当たる「基本法」に環境保護を国家目標の一つにひきあげる第20条a項が新しく加えられました。「国は、未来の世代に対する責任という面においても、生活基盤としての自然を保護するものとする」と記述されています。1996年には、今までの廃棄物法に代わって「循環経済・廃棄物法」が施行され、「廃棄物経済」の観点から「予防原則」、「汚染者負担原則 」(polluter-pays-principle)と「協力原則」(「官民一体」)という三つの原則が焦点となっています。
「循環経済」のコンセプトが導入されたのは1990年のころです。「循環経済」の目標は、廃棄物の処理から積極的な天然資源の節約や廃棄物の少ない製品開発などへの全面的移行によって、生産・消費システムの包括的な循環を作ることにあります。このコンセプトを始めて実現した規制は1991年に出された包装廃棄物規制令です。
 この政令によって、
1)飲・食物などの商品包装は製造者が引き取らなくてはなりません。
2)商品やスーパーに持ち込まれた包装ゴミはそれを受け取らなくてはなりません。
3)輸送中の包装財もメーカーが引き取らなければなりません。
そして、引き取った包装廃棄物はリサイクリングしなくてはいけないことになっています。
 このように「汚染者負担原則 」が確立されて、初めて製造業者と流通業者には包装物の回収と使用済み製品そのものあるいはその物質をリサイクルする義務があると認められました。しかし、製造業者と流通業者には個別に回収の面倒を見ることが不可能に近いことであるので、同時に、回収義務の免除の可能性も指摘されました。とはいえ、課された条件は厳しいものでした:
1) あらゆる所帯の利用できる回収システムを確立する
2) 物質再利用が製造業者と販売業者のコストで賄われる
3) リサイクル率が決められたレベルに達している。
 回収・リサイクルの義務とこの厳しい条件を満たすために、ドイツの製造業者と流通業者が強調して、1991年に回収とリサイクルを代理する会社、ドイツ・デュアル・システム有限会社(DSD)を設立しました。DSDの事業のコストはライセンスシステムにより賄われることになっています。事業関係者が包装物の種類や大きさによって異なる規定の使用料を払えば、DSDが発行しているマーク(ギリューネ・プンクト=緑の印)をその包装物に付けることができます。そして、消費者はこのマークの付いた包装廃棄物を従来の公的な廃棄物処理に使われるゴミ箱ではなく、DSDが用意する黄色いゴミ箱やゴミ袋に入れることができます。DSDは所帯近辺で回収を行って、包装廃棄物を原材料種類別に分別して、リサイクルに回します。こうして従来の公的な廃棄物処理と並存する形でDSDが成立し、デュアル処理システムが組織されています。
 DSDは包装廃棄物の発生防止より包装廃棄物の回収を重視するので、以上述べた徹底した循環経済にならないと批判する人もいますが、マークのライセンス料が包装物の材質と大きさによって変動するので、製造業者がライセンス料節約のため工夫して、製品の包装を最低限に押さえれば、ゴミ発生に歯止めが掛かるという狙いもあります。この歯止めがある程度かかりはじめているようです。家庭および零細企業の用いた販売用包装物の量は1988年から1991年までの間は継続的に上昇していましたが、包装廃棄物規制令試行後の1991年から1995年までは逆に、760万トンから670万トンへと12%も減少しました。これは具体的な減少率よりもむしろ「逆転」と言う事実に注目すべきでしょう。1991年から1997年までに、一人あたりの販売用包装物の消費量は94.7kgから82,3kgへと12.5kg減少しまた。同じ期間に、およそ2500万トンの包装廃棄物がDSDを通じてにリサイクルにまわされました。
 1997年のDSDの業績を見れば(表1)、まず、事業としてすでに黒字を出していることに注目すべきです。そして、販売用包装物の回収率は89%で高いレベルにあるだけではなく、リサイクル率も86%と高い。一人当たりに換算すれば、DSDは1997年の一年間でドイツ国民の一人一人から73.7kg(ガラス33.3kg、紙・段ボール17.1kg、軽量包装物23.3kg)を回収しました。
 1997年の販売用包装物の種類別野データを見れば、リサイクル率がいずれも、代理回収システムの存続の決め手となっている、包装廃棄物規制令によるノルマをはるかに超えています(括弧ないは達成すべきノルマです):
ガラス89%(72%)、紙・段ボール93%(64%)、プラスチック69%(64%)、ブリキ84%(72%)、複合材78%(64%)、アルミニウム86% (72%)。
紙や段ボールの包装物しか使わないので、ライセンスシステムに加盟するメリットを見ない靴業界とパン屋のボイコットにもかかわらず、DSDが製造業者と流通業者から幅広く支えられています。現実的にいえば、事業関係者にとって、包装廃棄物規制令が課した義務を果たすために、DSDに代わるものは当面は見当たりません。消費者にとって、このシステムは一番「楽」な方法です。もちろん、製造業者私がDSDに払っているライセンス料が商品価格に上乗せされていますが、消費者は最近グリーン・ポイントのついていない商品を買わない現象が見られます。ドイツの消費研究協会(GfK)が行った世論調査で「環境に優しい行動とは」という設問に、以下の答えを得られました。


  ゴミの分別 94%
もっとよく交通機関を使う 79%
有機栽培の野菜を買う 62%
旅行のときに飛行機を使わない 41%
アウトバーンで100キロ以上を出さない     37%
 このように多くの人が日常生活で「エコロジー」を意識し始めていることはDSDの一番大きな効果かもしれません。しかし、徹底した「循環経済」までの道はまだ遠いです。DSDは一つの出発点に過ぎません。

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表 1 − DSDの業績 
(1マルク=約125円)

1997年 1996年
1. 総売上 41.7億マルク 41.4 億マルク
2. 処理費用 40億マルク 39 億マルク
3. 利益 1億9700万マルク 3億8520万マルク
4. 従業員数 357人 343人
5. 回収した販売用包装物の量 5,618,445 トン 5,458,140トン
(比率) 89% 86%
6. リサイクルされた量 5,446,662トン 5,322,701トン
(比率) 86% 84%