工学部における環境教育


工学部 中尾勝實、浮田正夫


1.はじめに
学部における環境教育を完全に把握することは実際問題としてむずかしい。どこまでを環境教育とするか、その定義も定かではない。あらゆる技術は利用の仕方が変われば、処理技術や環境産業にも適用可能である。表面には出てきていないが、講義の中で、折に触れて、環境問題が論じられている場合も多いのではないかと推察される。
しかし、ここでは一応、「98’共通教育授業案内」および「平成10年度工学部講義要目」のシラバスの中から、環境関連の内容を抽出して、表に現れている環境教育の現状を紹介して、参考に供したい。

2.共通教育科目における環境教育
工学部学生が受講可能な共通教育科目のうち環境を扱うものを、科目分類別に列挙すると以下に示す通りである。

1)主題別科目
環境と人間(1年前期) テーマは体系的なものではなく、食糧問題、生命倫理、交通問題、生物の進化など特定のものに絞ったものである。学生はこれらのメニューの中から何か選択している可能性がある。
自然と科学(1年前期)「地球と人間」、「原子と原子核エネルギー」、「環境とバイオテクノロジー」には工学部学生は対象から除かれており、高年次教育として「資源−人間の生活(2年前期、島)」が開講されている。この講義では、人間生活における鉱物資源の重要性、資源の再利用、資源利用と環境問題などが講義されている。

2)初期教育科目
 基礎セミナー「社会建設工学入門(1年前期)」では同学科学生に対して、水道・下水道・廃棄物分野が一部紹介されている。
理系基礎科目「基礎化学T(1年前期)」ではごく一部、環境汚染と化学について、触れられている。

3)総合科目
高年次教育として、2科目3コースが設けられている。
 「人間環境論A・B(3年前期、浮田ほか)」では、学部内外の複数の講師によって、地球環境問題、住環境、水環境、廃棄物処理、化学物質汚染、食生活環境、技術論、環境倫理など、各専門に関連した環境問題を1回ずつ講義している。予想したほど受講者数は多くなく、次年度は1コースに削減することにしている。
「エネルギーと環境(3年後期、中尾ほか)」では、力学・熱エネルギー、電気・磁気エネルギー、化学エネルギーなど各種エネルギー利用技術の最新状況を紹介し、エネルギー問題における利用技術の位置づけなどについて講義される。

4)分野別科目(応用科学分野)
 「環境学」−資源エネルギー環境と社会基盤環境−(2年後期、水田・村田・清水)では、資源エネルギーの面から成長の限界を超えるブレイクスルーの可能性を論じ、また社会基盤整備における環境共生のありかたについて講義している。
「技術概論(4年前期)」では、次年度から開講予定で内容未定であるが、環境問題から、技術のあり方を考える内容が含まれるであろう。

以上、共通教育科目としての環境教育の現状をまとめると、まず1年次においては、実質的にはほとんど体系的なものは行われていない現状である。 2年次では、自然と科学「資源−人間の生活」および、分野別科目応用科学分野の環境学「資源エネルギー環境と社会基盤環境」が開講されている。3年次になると、「人間環境論」と「エネルギーと環境」が開講されているが、平成10年度前期の実績によると、「人間環境論」の受講者は当初の予想を大きく下回り、2コース合わせて60名程度にとどまっている。

3.専門科目における環境教育
学科ごとに環境に関連する講義を抽出してみると、以下に示す通りである。

1)機械工学科
 環境を主題にした講義としては、
騒音制御工学(4年前期、選択、小嶋)では、騒音の基礎知識や対策技術に関して全般の講義が行われている。
エネルギーシステム工学(4年前期、選択、西村)では、エネルギーの発生から変換、消費にいたるエネルギープロセスについて講義されている。
 内容の一部で環境を取り上げたものとしては、
内燃機関工学(3年後期選択必修)では、第13,14講で、エンジンの構造と排出ガス特性、NOx生成機構と対策等が講義されている。
7年度入学生以前に対して開かれていた、応用化学工学概論、社会建設工学概論は廃止になっている。

2)応用化学工学科
 エネルギー基礎化学(3年後期、選択、熊田)では、エネルギー資源の有効利用とエネルギー利用における環境対策に関する基礎知識が講義される。
 また、環境をテーマの一部としてあげた講義として、以下のようなものが挙げられる。
化学工学T(2年前期、必修)では、第14講で集塵プロセスが講義されている。
微生物学(3年前期、選択必修)では、第9講で廃液処理と微生物が講義されている。
生物反応工学(3年前期、選択必修)では、第10〜14講でバイオリアクターの操作設計が講義されている。
分離工学U(3年後期、選択必修)では、第11〜14講で逆浸透、限外ろ過、電気透析、膜分離プロセスが講義されている。
プロセス制御(3年後期、選択必修)では、第2講で環境エンジニアリング、第14講で環境エンジニアリングと化学プラントの違いなどが講義されている。
その他、社会建設工学概論(4年前期、選択)では、第3〜5講で上水道、廃棄物、下水道概論、第6講で建設分野の環境配慮、第9、10講で資源エネルギーと地球環境問題などが講義される。

3)社会建設工学科
 環境を主題にした講義
 河川工学(3年前期、選択必修、塩月)では川と人間の関係について、水文循環や河川構造物の設計を含めて講義がなされている。
 衛生工学(2年後期、選択必修、浮田)では水道と廃棄物処理が講義される。
 都市施設工学(3年後期、選択必修、関根)では下水道が講義される。
 環境保全工学(4年前期、選択必修、浮田)では建設業に関連した環境保全に関する基礎知識が講義される。
 その他、応用化学工学概論(4年前期、選択必修)では、第7,8講で地球環境を考えたエネルギーと材料が講義されている。
 環境生態学(4年前期、選択必修)は生態学の立場から自然環境や水環境などが講義されていたが、8年度以降入学者について廃止になった。同様に、景観工学(4年前期、選択必修)は土木構造物の景観について、考え方や評価の方法、設計方法などが講義されていたが、廃止になっている。また、エネルギー工学(4年前期、選択必修)はエネルギー問題について、技術、環境との関わりなどの観点から講義されていたが、同様に廃止になっている。

4)電気電子工学科
 電力発生工学(2年後期、選択必修、福政)では、エネルギー資源の状況、原子力発電の技術と問題点、新エネルギー技術と地球環境問題などについても講義されている。
 内容の一部でとりあげるものとしては、
 エネルギー変換工学(3年後期、選択、内藤)では、核融合発電、太陽電池、燃料電池、熱電発電など新しい発電方式について講義されている。

5)知能情報システム工学科
 環境を取りあげている講義はない。わずかに応用化学工学概論(4年前期、選択)、社会建設工学概論(4年前期、選択)で一部、環境に関する講義がある程度である。

6)機能材料工学科
 環境を主題にした講義はない。内容の一部でとりあげるものとしては、
 表面機能材料(3年前期、選択必修)第14講で新しい触媒の応用分野(エネルギーと環境)が講義されている。また、磁性体・誘電体材料学(3年後期、選択必修)などで超電導体に関する講義がいくらかなされている。

7)感性デザイン工学科
 住環境に関連して、以下に示すように比較的多くの環境関連科目が講義されている。
感性行動学(1年後期、選択必修、山岸)では人間の感性と社会・文化・日常生活等の間の相互関係について講義されている。
 熱流動工学(2年後期、必修、大坂)では熱環境の設計方法についての基礎について講義がなされている。
 環境デザイン論・同演習(2年後期、必修、中園)では公園、住宅地、農村、都市などの環境デザインの意義・方法について講義されている。
 体感工学(3年前期、選択必修、酒井)で熱環境、音環境、視環境について心理と物理的評価の関係について講義されている。
景観工学(3年前期、選択必修、中園)では景観構造の把握、景観評価方法についての講義が行われている。
 環境エネルギー工学(3年後期、選択必修)では室内環境制御、給排水施設などの設計に関する講義がなされている。
 その他、応用化学工学概論(4年前期、選択)、社会建設工学概論(4年前期、選択)では、一部環境に関する講義がある。

以上、専門科目としての環境教育の現状を全体の印象としてまとめると、
 まず近年のカリキュラムのスリム化、経済不況に対する技術的ブレイクスルーの社会要請を反映してのことかと考えられるが、環境教育もアクセサリー的な科目として、むしろ削減の傾向があるようである。知能情報システム工学科や機能材料工学科ではとくに環境関連の講義は少ない状況にある。社会建設工学科では、環境に関連した3科目が平成8年度入学生以降廃止になった。
もう一つの特徴として、機械工学科や、応用化学工学科、電気電子工学科に見られるように、エネルギーに関する講義が多いことも指摘できる。エネルギーについては、総合科目「エネルギーと環境」でも講義されるので、内容的に一部重複する学科もあろう。

4.おわりに
 このように工学部の学生に対する環境教育の現状を眺めてくると、全般的に、体系的な環境教育が十分になされているとはいいがたい。
 教養部の廃止によって、共通教育が専門の教官によってかなりの部分担われるようになっているが、役割分担均等化のために、講義担当者が頻繁に入れ替わり、体系的な講義内容を期待するのも困難な状況にある。
 4年間の学部教育では、基礎的な科目の充実に重点を置き、応用的な科目は大学院でとの趨勢がある。専門科目としての環境教育もその範疇と考えられている。
 現在の、ごみ問題は、これまでの技術者が、自動車、パソコン、ビルディングから化学薬品に至るまで、いろいろ多種多様の工業製品を作りっぱなしにしてきたことに、起因すると考えると、工学部における環境教育の重要性は、その効果性において、非常に大きいものと認識する必要がある。たとえば、各学科必修の基礎セミナーにおいて、きちんと位置づけて講義するなり、技術概論を4年次ではなく、初年次ないし2年次の必修として、21世紀における技術のあり方、ものの作り方、後始末の仕方をきちんと教え直すことは、社会に対するわれわれの責務であろう。