地球環境問題とセメント化学
                           工学部 後 藤 誠 史

1. はじめに
 セメント産業は、廃棄物処理に古くから関わりを持ってきた。しかし、消費生活の急増により、廃棄物量が地球規模で問題となってくるに従い、セメント産業は、地球環境事業として新しい展開をせざるを得なくなりつつある。セメント産業の廃棄物処理との関わりは、旧来からの(1)有害廃棄物のセメントによる固化 ・ 隔離のみならず、(2)一般廃棄物を原料として処理をしなければならない社会的要請が生まれつつある。さらに、(3)PCBなど取扱困難な物質の分解炉として、すなわち、単に高温化学反応炉としての有用性を見い出そうとする考えもある。
 最近環境問題をどのように取り上げようとしているか、社会全体が、Sustainable Developmentを目指し、Life Cycle Assessment(LCA)すなわち物質が利用され廃棄されるまでの環境への負荷が評価されようとしている1)。そのような中で、セメント産業は社会の要請に対応していこうと動き始めている2)。ここでは、上に述べたセメント産業の廃棄物処理との関わり方とその問題点について述べる。

2. 環境問題の取り上げ方
 1992年6月ブラジルで地球環境サミットが開かれ、将来の地球全体の環境問題が議論された。また、日本の科学研究費の1分野に1993年度より「人間地球系」の研究が取り上げられた。この中で、21世紀危機予測シナリオが作られ、それを基に、いかにして「持続的開発」Sustainable Developmentが可能かが議論されている。そして、材料の製造から、利用・廃棄にどれほど地球規模の環境に負荷を与えるものであるかの評価( Life Cycle Assessment )がなされなければならない時代となってきた。
 資源自身の枯渇さらには資源エントロピーの増大が問題となっている。このエントロピーの処理が取りも直さず廃棄物処理の問題である。地球はそれ自身閉鎖系ではなく、多くは水の循環によりエントロピーを宇宙へ捨てることにより地球のエントロピー増大を防いでいる。このように自然の力に依存しながら人類は発展してきたが、今人類の活動量が自然の容量に比肩してきたと考えられる。セメント産業もこの一翼を担ってきたが、廃棄物の再利用をすることで、かなり「持続的社会」に貢献できるのではないかと思う。

3. セメントによる固化・隔離における問題点
 セメントによる廃棄物の処理では、まず、廃棄物がどのような形態で排出するかが問題である。気体、液体、固体の別、さらには、単独成分か、複合組成かである。廃棄物の場合、まず単独成分は極く少ない。気体、液体の場合、特に気体の場合は、まず安定化処理を行わなければならない。
 セメントの固化による溶液の処理は、セメントの水和に伴い水和物中への有害物質の取り込みが行われる。この場合、固化成分のセメント水和反応への影響、ならびに、それが結果的に与える強度、細孔構造への影響が問題となる。さらに、固化成分のセメント硬化体中での安定性、固化成分の溶出特性が問題である。セメント固化体は、それ自身が有害成分の豊富な貯蔵庫であるが、有害成分の永久的供給源となってはならない。天然の自浄能力以下の溶出であれば、これは自然を壊すことはない。
 廃棄物の安定化処理を施した場合でも、その処理物がどのような環境でより安定か、その特徴を生かした固化・隔離法を行わなければならない。セメントによる固化処理では、上に述べた被固化処理物をセメントの反応を利用して水和物中へ取り込むこと、あるいは、被固化物の置かれる環境、主に、セメント硬化体の細孔溶液のpHの制御、さらには、固化体の細孔組織の制御が重要である。たとえば、Pbなど酸にもアルカリにも溶ける両性元素に対しては、その溶解度が一番低下するようなpHの条件で処理すれば、細孔組織は少々粗くても、溶出速度を低下させられるし、Cr6+のように溶解度を下げられないものに対しては、細孔構造の小さな組織にすることにより溶出速度を低く抑えることができる3)。

4. セメントの原料としての廃棄物利用
 高炉スラグや、フライアッシュ、シリカフュームのように、すでに歴史のある扱い慣れた副生物は、セメントの原料あるいは混和材として欠かせないものとなっている。転炉スラグあるいは都市ごみ灰、下水処理灰など新しい廃棄物はさらなる研究と慎重に用途を検討しなければならない問題を含んでいる。
 高炉スラグや、フライアッシュ、シリカフュームのような副生物は、利用技術の進歩とともに、供給側の品質の安定化技術の進歩が相俟って利用されるようになってきた。転炉スラグは、生産される鋼の種類によって組成が変動し、都市ごみなどは季節によっても組成が変動する。工業原料としては、この変動が均されなければ利用できないであろう。これら副生物・廃棄物の原料としての利用に関する研究例を以下に上げる。

4.1 スラグアルカリセメント
 スラグアルカリセメントは、高炉セメントとは異なり、OPCを含まず、高炉水砕スラグをNaOHあるいはアルカリ硫酸塩、アルカリ炭酸塩、珪酸ソーダなどと反応させ、硬化させるものである。OPCに比べ、耐酸性、耐熱性、イオンの透過性、耐水性などに優れ、急硬性セメントに近い初期強度発現性、低生産コスト、CO2を発生しない無公害セメントといえるような特徴を持っている。しかし、乾燥によるクラックの発生、長期強度の低下などの欠点もあり、アルカリ溶液の種類、スラグの組成の影響、養生温度の影響などが調べられている。
 イオン透過性の特徴や乾燥収縮特性から、廃棄物所分場などの地中構造物などへの利用が考えられている。加熱養生によれば、乾燥収縮もかなり改善され、コンクリート二次製品には有用であると考えられる。
4.2 製鋼スラグの利用法(1)
 製鋼スラグおよび製鉄スラグを原料としたferrite cement4) 。セメントの焼成は、主に炭酸カルシウムの脱炭酸にエネルギーを必要とする。すでに脱炭酸されたスラグを原料とすることにより焼成エネルギーを大幅に節約することができる。このferrite cement は、配合にも因るがフェライト相が多くなり、焼成温度幅が若干狭くなる。また、色は茶色が濃くなる。OPCの灰色に比べより暖かみのある色になる。また、フェライト相から生成するエトリンガイトは結晶が大きく成長するため、OPCに比べ細孔構造が粗い方にシフトする。このため耐凍結融解性に工夫を要する。
4.3 製鋼スラグの利用法(2)
 製鋼スラグには、有用な金属が沢山含まれている。製鋼スラグを還元すると、それぞれの還元順位が異なるため、還元する温度ごとに、異なった金属を回収することができる。最後にほぼ純粋なC3S を得ることができる。
4.4 製鋼スラグの利用法(3)
 炭酸ガスと製鋼スラグの反応により高強度材料が得られる。副生物である製鋼スラグと排ガスである炭酸ガスを利用して材料化しようというもので、ブロック、骨材などができる。魚礁に利用しようなどという大きなものも作ることができる。最近では、炭酸ガスを固定化するという事の方が一般的な興味として持たれるようになってきた5〜8)。
4.5 都市ごみ灰・下水処理灰の利用
 都市ごみ灰・下水処理灰は種々雑多な重金属を含み、特にCl、Pなどの影響が検討されている9〜12)。
 Cl-イオンは、アリナイトセメントあるいはクロロアルミネートセメントとしての検討が多い。普通セメントにCl-イオン濃度の許される範囲で添加する混和材としての検討や、まったく新しい分野を目指す特殊セメントとしての検討がある。Cl-イオンはセメントに含まれ、性質に影響を与えるだけでなく、製造工程においても、融点を下げ、トラブルを起こす可能性を含んでいる。これを避けるために、都市ごみ灰・下水処理灰の製造過程で脱塩素工程を導入することを検討している。そのほか、都市ごみの使用量が増えると、Alが増える傾向にあり、セメントとしての性質を再検討する必要がある。
 昨今、セメントというと、廃棄物を何でも原料や燃料に利用できるような印象をもたれているように思われるが、都市ごみ灰などには、上で述べた塩素や重金属が含まれるばかりでなく、ダイオキシンなどの有害物質が高濃度に含まれることもあり、注意を要することもある。しかし、重金属類は、かなりの部分が塩化物となり、ダストとして集塵される。一般にリサイクルというと、物質循環の輪を1つ増やすだけのように思えるが、このような重金属の濃縮は、金属製錬の一工程と捕えることができ、リサイクルの輪の中で、一段上に物質を押し上げる操作と考えられる。このような処理法が、所所に取り込まれれば、リサイクルがさらに有効になると思う。

5.インド会議における話題
 少し古い話であるが、1992年10月New Delhiでセメント化学に関する国際会議が開催された13)。この会議冒頭の挨拶の中でも、省資源、省エネルギー、又、産業廃棄物の有効利用という問題が、特にセメント産業の中で大きな話題になっていると述べられた。科学技術全般にわたって、今までの動脈産業から静脈産業へ、すなわち、資源の有効利用からリサイクルによる再利用へ向かいつつある中で、廃棄物の有効利用が、セメント産業の一つの方向として示された。
 主報告のなかで、Moranville-RegourdとBoikovaは、"クリンカーの化学、構造、性質と品質"と題し、以下のような報告をしている。
 セメントの製造環境が省資源省エネルギーの面から変化せざるを得ず、新しい原料、産業廃棄物等が使われるようになった。ここで持込まれる不純物は、焼成過程におけるクリンカー中の液相の性質、すなわち、液相生成温度、粘性、表面張力を低下させる等、大きな影響を与え、クリンカー鉱物、特にエーライトの核生成、結晶成長、化学組成、構造等に影響を及ぼし、クリンカーの性質、品質に影響を与えるとして、Na2O、K2O、MgO、SO3について詳しく述べた。
 AhluwallaとPageは、"低品位燃料、可燃性廃棄物と新しい原料の効果"と題し、Fly Ash、slag、肥料sludge、製紙sludge、カーバイト滓、赤泥、骨、籾殻灰等を原料として、また、表に示すような低品位ではあるが燃料として使用可能なものを上げ検討している。
 MoirとGlasserは"クリンカー製造プロセスにおける鉱化剤、改良剤、促進剤"と題し、クリンカー中では合計で高々3〜4%と少量ではあるが、影響は大きな微量成分について、原料から性質まで概観している。

   表 燃料として使用可能な資源

 天然原料  (a)農産物   籾殻、藁、ココナッツ殻、ピーナツ殻、廃木材、竹など  
       (b)その他   生活廃棄物、下水sludge、油性頁岩等
 人工物質  廃タイヤ、廃ゴム材、廃プラスティック、ボール紙、黒鉛ダスト、Old battery boxesなど
 工業廃棄物 (a)石油化学廃棄物
         石油コーク、コークス、アスファルトsludge、その他廃棄物等
       (b)肥料工場からの廃炭素
       (c)アルミニウム工業でのSpent Pot Lining
       (d)廃油と有害廃棄物
 その他   家庭ごみ、都市ごみ、Land fill gas

 SprungとDelortは"エネルギーの節約と環境制御処置がクリンカーの性質に与える影響"と題して、省資源、省エネルギー、環境の立場から報告をしている。
 産業廃棄物の利用も、場合によっては、CO2の発生を抑え、焼成エネルギーの節約にもなる。しかし、微量成分のクリンカーの性質に与える影響、有害物質の環境への影響等、総合的、地球的規模での判断が必要となろう。 一方、セメントキルンを反応装置と見立て、温度も十分高く、焼成帯も長いので、ダイオキシン等の有害物質の分解焼成炉としても有効であるとの報告があった。

6.おわりに
 最後に、省資源・省エネルギーが随分以前から叫ばれてきているが、そのような中で、地球環境破壊が重大関心事となってきた。今省資源・省エネルギーで基本となっている考えは、製品当りあるいは1機能当たりの省資源・省エネルギーである。製品を生産することの省エネ・ゼロエミッションばかりではなく、単位時間当りの生産・消費が自然界の能力を越えないようにする観点からのLCAが必要ではないかと感じている。これは、単に一個人が、あるいは、一企業・一業界が努力しても達成できないことである。文化がそのような方向に向けて発展しなければならないのであろう。

参考文献
1. 生研セミナー(コース199)、(財)生産技術研究奨励会、1995.7.3-4(東京)
2. リサイクル型社会におけるセメント産業、日本セラミックス協会セメント部会講演会、1995.12.21(東京)
3. "Effect of PbII and CrVI ions on the hydration of slag alkaline cement and the immobilization of these heavy metal ions", J.W.Cho, K.Ioku, S.Goto, Advances in Cement Research, 11[3], 111-118(1999)
4. "Fuel economized ferrite cement made from blastfurnace and converter slags ", R.Kondo, M.Daimon, S.Goto, A.Nakanura and T.Kobayashi, Proc.5th Mineral Waste Utilization Symp. Chicago (1976) 329-340
5. " Calcium Silicate Carbonation Products", S,Goto, K.Suenaga, T.Kado, M.Fukuhara, J.Am.Ceram.Soc., 78[11],2867-72(1995)
6. 「カルシウムシリケート化合物の炭酸化による硬化」、後藤誠史、中村明則、井奥洪二、無機マテリアル、Vol.5, 22-27(1998)
7.「新しい骨材の可能性を求めてー製鋼スラグの炭酸化硬化材料ー」、後藤誠史、骨材資源、No.123, 232-234(1999)
8. 「新材料としての製鋼スラグ炭酸固化体」、高橋達人、コンクリート工学、Vol.38,No.2, 3-9(2000)
9.「エコセメント製造技術の開発」、尾花博、PLASPIA '94 No.88 16-24 (1994)
10.「都市ごみ灰を用いて調製した高アリナイト系セメントの水和反応」、土田良明、武広実、上保知伸、宇智田俊一郎、セメント・コンクリート論文集、49、84-89(1995)
11.「下水汚泥のセメント原料への有効利用」、山崎之典、石井準一郎、高橋良文、大同均、セメント・コンクリート論文集、48、94-99 (1994)
12. "An approach to the full utilization of LD slags", S.Kubodera, T.Koyama, R.Ando and R.Kondo, Transactions of The Ion and Steel Institute of Japan, 19, 419-427 (1979)
13. Proc. 9th Int'l Cong. Chem. Cement, New Delhi, 1992