9.最近の環境汚染についての偶感
山口大学工学部 早野 延男
先般襲来した台風l2号は久し振りに雨,風ともに本格的なもので,その通過後街路には,木の葉,木の実などがところきらわず落ちていた。道行く人々がその風情をしっくり眺める暇もなく,車によって踏みつぶされて汚いということで,市の清掃係の人々がすぐに掃除してしまう。近頃は大学内でも舗装が進んでおり,土の占める割合は年々少なくなっている。士の微粒子の集まりと粒子同志の間の隙間には適度の空気と水分が保持されており,隙間の大小の分布によって水分の保持と水ハケという相反する機能をうまく保って行くことができる。このため,真夏でも地表面は空気より低い温度に保たれており,舗装された路面よりも快適である。 豊かな土壌の微粒子群中には無数の微小な生物が存在し,それらが自然の物質とエネルギーとの循環系を形成すると言われている。市街地は車の洪水なので舗装も必要であろうが,大学の構内位は大きな庭園といった趣で,四季の草花が咲き秋には落葉を踏んで散策するといった環境が欲しい。先日の夕刻,研究室があまり暑いのでキャンパス内に散歩に出た。今年は夏というのに天候不順でまるで梅雨のように多雨,多湿の気候である。キャンパス内をまず南北に,ついで東西に歩いてみた。小生の足で夫々600歩と700歩であった。l歩約50cmとして計算すると約3万坪となった。気づいたことはキャンパス内には樹木が少ないことである。数が少ない上に,これと言った大きさの木は皆無である。北大のエルムの並木道,東大の目黒のキャンパス,京大の百万遍あたりのキャンパスほどは無理とは思うが,樹木が左右から繁り合って恰もトンネルのようになっている所を歩きながら思索するといった場所は是非,年次計画でも立てて実現してもらいたいものと考える。樹木の状態は環境保全の一つの指標ともなると思うので,ひとつ倉立50周年を期して考えて欲しいものである。 さて,我々を取り巻く環境が汚染され,快適な生活が維持されなくなったとき,この状態は環境が汚染された,または公害が発生したなどと言われている。汚染の原因とその影響(被害の状況)がはっきりすれば対策も取り易いが,悪臭公害といったものは悪臭物質は大気中を拡散して行くので,実状を補足するのがなかなか困難である。我々の生活に大きな影響を及ぼすものを列挙すると,身近なものとして大気,水質,振動,悪臭公害などがある。例えば大気汚染については,SOx,NOx,浮遊粒子状物質,降下煤塵及び前述した悪臭物質などがある。宇部市における降下煤塵の経年的変化を見ると,大気汚染の程度について大まかな傾向を見る指標として降下煤塵量が用いられているが,宇部市の場合,市街地の全域平均(3lケ所)が昭和40年度;l6.llton/I/月,昭和48年度;9.52ton/I/月,昭和61年度;5.48ton/I/月というふうに年と共に改善されてきている。(行政指導上の目標値として〜l0ton/I/月以下),一方,大気中のオキシダントの量については,環境基準値が0.06ppm/時間となっているが,これを超過した時間数が昭和50年度;1891時間,昭和54年度;l60時間,昭和60年度;355時間となっており,国の環境基準の達成に至らず,また,この現象発生のメカニズムについても未だ完全に解明されたとは言い難いのが現状である。 一方,燃料源と大気汚染の関係について見ると,第l次オイルショック(昭和49年)以降,原油の供給不安と値上りもあって,昭和50年代は各地の事業所においてボイラー及び,発電プラントなどは重油専焼から石炭の混焼ヘ,更に経済的なメリットを求めて石炭の専焼に移行した時代であった。しかし,このために降下煤塵及び,浮遊粒子状物質が極端に増加したかと言えばそうではなく,前述したように例えば降下煤塵については着実に減少している。これについては公害に関する住民一般の意識の向上,企業側の努力などもあり,コットレル集塵器及び,バグ・フィルター集塵装置などいわゆる2次集塵器の性能が大幅に向上しており,関連した技術及びそれらを支える理論的な根拠,また集塵効率の測定を初めとして,いわゆるダストに関係する計測技術も格段の進歩をしてきている。また,関連するJISも逐年改善されており,公害行政が数値に基づいた行政であることが示されている。 ここで,最近20年間に発生した山口県内の公害の主なものについて思いつくままに振り返ってみると, (別紙一表l)参照 これまで述べてきた公害の原因としては,企業の生産活動の当然の副産物であり,それらが量的に少ないが故に,この程度であれば環境に与える影響も少ないであろうという了解の上に排出がなされているが,一方,不測の事故による有害ガスの大気中への漏洩,有害液体の河川,海域への放出などの場合については大事故になる場合もあり,周辺の住民の,企業や行政に対する信頼感が著しく損なわれることにもなりかねない。 ちなみに最近l0年間に発生した字部市内の水質汚濁につながる事故例についてリストアップしてみると,別紙一表2の通りでありそれらのうちの多くが人為的なミス(初歩的なミス)によるものが多く装置やプラントなどがいよいよ複雑化し,且つ,精巧で高能率のものが使われており,一方人間の能力ももちろん進歩しているが,人間の弱さ(物忘れなど)に起因するものが大事故につながっており,これらの対策として,装置,設備の自動化やフェイル・セイフの考え方の一層の浸透が望まれるところである。 され,ここで視点をもう少し広げて海岸線に目を転じてみると,環境庁の調査によると,現在,日本の自然海岸は50%を割っているということである。列島改造論の一つの帰結として海岸がコンクリートの塊となり,また,ゴミの集積場所となってきている。キャンプのあと,車で持ち込んだ食べ物や食物の容器,紙屑などがそのまま砂浜に放置されたゴミの山,沖合いを航行する船舶による廃油の不法投棄による重油ボウルの漂着,都市河川からの生活雑排水が未処理のまま海に流入して来ており,住民自身もまた無意識のうちに水質汚染の加害者ともなっているのが現状である。(先般TV(NHK)で,マンハイム(西ドイツの南西部の都市)では,300年前から都市計画(道路,下水道の整備)が行われているとレポートされていた。)ゴミの山の中には,まるで新品同様のTVなどが放置されて,クラッシャーで粉砕するのを待っている状態であるが,これらの現象を考えてみると現代の日本の生産の構造が、生活に本当に必要な量以上に限なく生産し続けなければ成り立たない構造になってきており,猛烈な勢いで資源を消費し,したがって猛烈なスピートでゴミの山を積み上げている状態のように思える。これらの問題に対しては,いわゆるエコロジー(生態学)という考え方から,地球を長持ちさせる社会システムについて学際的な協力の下に考え直す必要に迫られているようである。 最後に,我々エンジニアにとって極めて有用,且つ,使利な概念としてのエントロピーと,我々を取り囲む環境について考えてみる。昔(l00年位前),エントロピーは熱力学の第2次法則の説明用のものとして登場したが,ボルツマンによるS=klog W(W:可能な状態の数)という式以来,l948年頃(Shannon〉から情報理論において,情報量を測る尺度として重要されている。すなわち“でたらめさ”(randomness)が大きいと情報量も大きいというふうに用いられている。また,情報量が大きいということは許容量が大きい,換言すると冗長度(redundancy)が大きいという表現も用いられている。この概念を,我々を取り巻く社会システムに適用してみると,我々は我々の日々の生活活動を通じて,ありとあらゆる排泄物,廃棄物を排出して我々の身近な環境を整然とした,清潔な能率の良い,(冗長度の少ない)システムを実現しようとしている訳である。すなわち,文明の高度化に伴い,その社会システムは極めて精巧なものになって行き,(エントロピーは小さくなって行く)一方,我々の周辺は膨大な廃棄物の山によってエントロピーは加速度的に増え続けて行く。すなわち,我々の社会が生き続けることは,その外界にエントロピーを捨て続けながら,自身のエントロピーの小さい状態を維持する方向に向っていると言える。我々はエネルギーを消費する度毎に,エントロピーの増大(廃棄物の増大)についても一層の留意が必要な時代と考える。
表1・最近20年間に発生した山口県内の主な公害
市 | 年 月 | 発 生 事 故 名 |
徳山市 |
s.46. 6 | 徳山湾の水銀汚染魚の問題 |
s.55. 4 | 出光興産(株)火災事故 | |
s.58. 5 | 徳山曹達Mクロロメタン製造プラント事故 | |
小野田市 | s. 59.11 | 興国スチールワイヤーMシアン流出事故 |
s.61.10 | 不二興産M反応釜爆発事故 | |
宇部市 | s.59.5 | 協和醗酵脚炭酸ガスホルダー破損事故 |
新南陽市 | s.62.8 | 日本ポリウレタンMTDA(トルエン・ジ・アミン)流出事故 |
表2・最近l0年間に発生した宇部市内の水質関係事故
水質関係発生事故原因 | 件 数 |
A.プラント 経年変化・維持管理不十分 | l0件 |
B.亀裂・破損など | 9件 |
C.操作ミスなど | 8件 |
D.その他 | 3件 |
参考図書
l)堀淳一著;『エントロピーとは何か』
講談社Blue Backs : 昭和51年発行
2)三輪茂雄著;『粉の文化史』 一一石臼からハイテクノロジーまで一一
新潮社 : 昭和62年発行