10.トリハロメタンにおける環境汚染と生体影響に関する現状

                            医学部 芳原  達也

 トリハロメタンとは,有機塩素系化合物の総称であり,主な物質としてはl,l,l一トリクロロエタン,トリクロロエチレン,テトラクロロエチレン等々があります。これらの物質の特徴は,自然界での,光,熱,バクテリア等々に分解されにくく,そのままの形で水質,大気,土壌等々に蓄積されることです。この様に安定な物質であるために,産業用途として,工作機械の脱脂,洗浄,ドライクリーニング等々に古くから使用されてきました。また最近は,先端産業の一つであるICの製作及びリードフレームの洗浄などに重要な役割を演じており,米国のシリコンバレーでは,これらの物質の環境汚染が社会的問題となっています。また,日本でも最近,地下水及び上水道汚染物質として新聞紙上を賑しております。                   さて,これらの物質の生体影響に関する研究は古くから産業衛生学の分野で追究が行われ,肝臓障害,血液障害,発癌性,催奇性等々が報告されています。一方,これらの物質の低濃度長期暴露による生体影響に関する報告はほとんどなく,また,飲料水に含まれる濃度がppb単位であるため,現在のところ,飲料水による摂取における生体影響はほとんどないと考えられています。                   最近の先端化学工業の発達は,目覚ましいものがあります。l年間に新しく発明される化学物質は2万〜5万種類に達し,これらの物質は毒性試験もされずに市場に放出され,一般家庭において,幼児から老人,はては妊婦におけるまで暴露の危険にさらされています。この最大の理由は,毒性研究を行う研究者がほとんどいないことです。中毒学は,じみな学問であり,社会的評価の対象になりにくく,かつ,研究者の長期に渡る忍耐を必要とします。また,直接,生産性に結びつかず,逆にこれを阻害するものとされるため,研究費金はほとんどないのに等しいのが現状です。       近年,日本は世界有数の金持ちの国になりました。そして,先端産業の発達は目覚ましいものがあります。この様な状況の中で,中毒学研究者の育成と,既存及び新しく市場に放出される化学物質の毒性研究に資金と人材を投入することは,日本いや世界の人類の未来の幸福に役立つと思うのは,私一人でしょうか。