13.放射線と環境保全

                            付属病院 横山  敬                                      l)放射線と人類のかかわり合い

 人類と放射線の関係が明らかにされはじめたのは,l895年のW・C・RontgenによるX線の発見と翌年のA・H・Becquerelによるウラン系化合物の放射能の発見からである。勿論それ以前にも人類は大地と宇宙からの放射線を浴びながら進歩してきているのであるが,このX線と放射能の発見は人間が自ら放射線を制御する知恵を獲得した事であった。例えばX線はそれまで人類の夢であった透視の能力を人間に与え,その医学への導入はまず診断面で強大な威力を発揮し,現代ではX線診断を伴わない診断は完成された診断ではないと思われる。特に最近のコンピュータを駆使したCTによる画像診断の進歩には瞠目すべきものがあり“疾病の治療には完全な診断が先行すべきである”とする医学の鉄則からすれば,身体の内部を如実に再現するX線はその正確さゆえに診断の中で大きい地位を占めるに至ったのも当然の事である。X線発見の翌l896年にはA・H・BecquereIが,ウラニウム化合物の写真乳剤の感光性をもとにして電離放射線を発見し,Rutherfordはこの放射線の吸収測定からこれらをα線,β線,r線に分類した。更に彼はl9l9年窒素ガスとα線の衝突により陽子が出来ることを発見した。その他キュリー夫妻,Chadwick等によって中性子が発見され,l920年代には加速器による原子核の人口変換に成功し,l920年には原子炉が運転されてついに人類は中性子を自由にコントロールして核開発に成功した。第二次大戦後には,副産物として得られる多種多量のラジオアイソトープが自然科学のあらゆる分野で広く応用されるようになった。このようなラジオアイソトープの医学への利用は主としてトレーサーとしての使用から始まり,現在,診断面では各種臓器の形態及び機能診断に利用されている。また治療面では131Iによる甲状腺機能進症や32Pによる真性血球増多症並びに密封線源による悪性腫瘍の治療等が行われている。

2)放射線障害の歴史                      

 このように放射線または放射性同位元素は人類にとって非常に益する面を持っているが反面,生命に危険を及ぼす程の障害を起こす可能性も内蔵している。人類が放射線を人間生活にとり入れてから放射線障害に対する認識と態度は大きく3つの時期に分けて考えられる。                               第汪:l895年のX線に続く約30年間放射線障害に対する無知・無自覚の時で,放射線が生物学的に作用することは判りながら放置し,専ら放射線の利用や拡大に努力した期間。                                  第期:第期において被爆した人達の放射線障害が明白になり,障害の恐ろしさを認識しながら,なお追求を後廻しにして放射線や放射能を利用した期間でl945年の原子爆弾投下までといえる。                           第。期:原子エネルギーを自由に制御できるようになったl945年以後,放射線や放射能の利用は更に拡大して行ったが,放射線を直接必要としない一般大衆も被爆する機会が生じ,更に遺伝的障害の誘因として,放射線がとり上げられるようになった事にあり,現在まで続いている。                         したがって現在は放射線による個体障害にあわせて,集団の被爆が問題としてとり上げられ,障害の防止についての知識が豊かになると共に,利益と障害のバランスが真剣に倹討されている時代である。放射線を利用しはじめた頃は,その危険性は聞いておりながら,利用技術や適用のことに興味が走り,仕事の迅速化や簡便化のために無謀な取り扱いをする。しかしこれは基本的な誤りで,放射線による利益のために,障害が許されて良いものではない。

3)放射線障害の特徴

 放射能障害の特徴は,火傷や外傷とは異なり,作用と同時に五感に関知しない。ただ基本的には1つの特異性として潜伏期間が存在することである。被爆した線量によっても異なるが,数日,数週或いは数年後になって「病気」として顕れる。疾病は潜伏期があるので,放射線被爆があったという物理的な事実を知らなければ予知することは出来ない。なお,放射線から身を守る措置は放射線被爆の機会をもつ可能性のある人は,個人が防護に充分気をつけると同時に,作業環境の安全を確保し,管理することが重要である。

4)放射線管理の実情

 放射線は現在の人類社会にとって全く取り除くことは出来ない。とすればその利益となる面を最大限に利用し,障害となる方を最小限に抑える技術を確立する必要がある。                                     山口大学医学部附属病院における放射線管理として国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告,放射性同位元素等による放射線障害防止に関する法律,医療法施行規則,人事院規則10-5に基づき,山口大学放射能障害予防規則並びに山口大学医学部附属病院放射能障害予防細則を定め,放射線作業従事者,管理区域随時立入者の個人のモニタリングによる被爆管理と年4回の問診並びに年2回の末梢血検査による健康管理を行っている。また環境の管理では,作業環境と排水,排気など外部に対する管理が行われている。昭和56年11月より,管理区域に立ち入る者に対する教育訓練が法律化された。これによって放射線に対する正しい認識と取り扱い方を習得することが義務づけられた。

5)まとめ

 放射線障害予防の原則は,まず不要の放射線を人体にあびせないことにある。そのためには,@放射線施設の安全設計,A放射線施設の管理(環境監視)B放射性物質の管理等があげられ,山口大学附属病院でも今後放射線や放射性物質を取り扱うことは,はっきりしており,より良い環境の拡充・整備と保全が望まれる。