7 医学部と排水処理

医学部 百々 栄徳

 河川,湖沼,海域等の公共用水域の水質の汚濁の防止を図ることを目的として制定された水質汚濁防止法により,工場又は事業場から公共用水域に排出する水に対して,排水基準が定められている。この事業場の中には大学及びその附属試験研究機関や300以上の病床を有する病院等が特定施設として指定されているので、九田川に排水している山口大学本部の吉田地区はこの法律の規制が適用されている。しかし宇部地区の学部や短大は公共下水道に排水しているので,直接にはこの法律の規制は受けない。特定施設として下水道終末処理施設も指定されており,その放流水も規制の対象となる。下水処理場はもともと屎尿や生活排水中の有機物の処理を行うため活性汚泥法による処理が行なわれており,重金属類等については生物処理ではその除去効果は望み得ない。また劇毒物も生物処理に悪影響をもたらすので,これらの物質に対しては下水道法に基づいて水質汚濁防止法と同じ規制が定められている。ただし.直接公共用水域に放流する吉田地区とは異なって,pH,BOD,SS及び大腸菌群数については規制が著しく緩和されている。

 規制は人の健康に係る被害を生ずるおそれのある物質として,シアン,有機燐,鉛,6価クロム,砒素,有機及び無機水銀及びPCBに対する規制と,水の汚染状態を示す項目としてpH,BOD(河川に放流の場合),COD(湖沼及び海域に放流の場合),SS,ノルマルヘキサン抽出物質(鉱油及び動植物油),フェノール,銅,亜鉛,溶解性鉄,溶解性マンガン,クロム,フッ素及び大腸菌群数に対する規制とが定められている。また水質汚濁防止法により都道府県知事は独自に,国の定めた基準よりきびしい基準いわゆる上乗せ基準を定めることが出来ると規定しており,字部海域はこの指定地域になっている。更に瀬戸内海環境保全特別措置法により,CODの総量規制,燐や窒素などの富栄養化に関係する物質についての総量規制も規定出来るようになっている。河川へ放流の場合はBOD規制であるが,排水は結局は瀬戸内海に流入するため.吉田地区はCODの総量規制も適用されている。燐については現在は規制されていないが,削減指導対象となっており.将来は窒素とともに総量規制を受けることになるであろう。更に九田川水利権者との合意に基づきBODとSSの基準は法による規制以上に厳しく定められている。宇部地区の学部や短大は公共下水道があるために直接には総量規制は受けないけれども,下水処理場は総量規制を受けているので,問接的な規制を受けていることになる。

 これらの規制はほとんどが濃度規制であるので,理論的には大量の水で稀釈して放流すれば排水基準に違反しないことにはなる。しかし有害物質による公共用水域の汚染は濃厚な違反排水を放流した時と同じ結果となる。水質汚濁による健康被害としては,熊本県,鹿児島県の水俣湾周辺地域及び新潟県の阿賀野川流域の有機水銀による水俣病,富山県の神通川流域のカドミウムによるイタイイタイ病,宮崎県高干穂町土呂久地域及び島根県津和野町笹ケ谷地域の廃鉱排水による漫性砒素中毒などは公害健康被害補償法による補償対象疾患に指定されていて多数の被害者が認定されている。このようなはっきりした公害病ではなくとも排水中の汚染物質によっては,思いもよらない被害を及ぼす可能性も考えられる。公害は元来,多くの発生源からのわずかづつの汚染物質がつもりつもって重大な影響を及ぼすことが多いのであるから,これくらいの排水はかまわないだろうといったような安易な気持はすてて,山口大学の全構成員が一致協力して排水の水質を保全するよう心掛けて頂きたい。特に医師は医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保する使命が負わされており(医師法第1条),その医師が反って公害の加害者になることは絶対に許されない。山口大学は四囲の環境に悪影響を及ぼさないよう,学内から一切の有害排水を排出しないとの基本方針に基づいて現行の関係諸規則が定められている。環境を汚染するおそれのある物質を取扱う人は,常日頃から廃液処理の手引きを充分参照して.自然環境が損なわれることのないよう慎重に対処して頂きたい。