2.山口大学(吉田団地)の自然環境に想う

事務局長  五田 次雄

 去る2月始め,琵琶湖畔の大津から転勤,始めて正門をは入る前,左側に見える優しく,まろやかな山の線上の松の木が極めて印象的で,かつて展覧会で見たことのある日本の山水画展「日月山水図」の松の姿をふと思い出しました。この山が悲恋の伝承まつわる姫山であることを知ったのは着任後しぱらく経ってからでありますが,山紫水明,西の京都と謳われた山都山口にふさわしい物語のように思われます。

 山の都といいますと,事務局庁舎の北側の窓から見る雨上りの兄弟山,鴻の峰一帯の眺めは,日本画の大家横山大観の「雨霽る」の水墨画を髣髴とさせ,正に一幅の名画を見るような素晴しいものを感じさせてくれます。

 5月始めの昼休み,正門前の信号待ちで,九田川に目を注ぎますと,フナやハヤのほかにドンコ(鈍甲)が怪奇な頭を川底の岩の穴から出しているのが目につきました。数日後の日曜日子供の頃を思い出し,5時に起き釣に出かけました。5月12日の手帳に,ドンコ5匹釣る。50年ぶりに童心にかえると記してあります。

 6月1日,大学会館開館式が前途を祝福レ“行われました。前庭の環境整備が今後の課題となっています.ところで会館横の山の整備も前庭の整備とともに環境整備に役立つのではないかと思います.夏目漱石は,草枕に,「独坐幽篁裏,弾琴復長嘯,深林人不知,明月来相照.」ただ二十字のうちに優に別乾こんを建立している。と王維の詩を引用し,幽篁(奥深い竹やぶ)の名月を絶賛しています。宋の詩人,蘇東披は,「食をして肉なからしむべくとも,居をして竹なからしむべからず。肉なくんば人をして度せしめ,竹なくんば人をして俗ならしむ山と詠じて竹をいたく愛しています。窓近き・なれ(村岡つぼね)の歌は,竹を割ったような性格とか竹に雪折れなしと言った,日本人の直な心,曲ってももとに返る弾力性などを愛でたものではないでしょうか。竹林の整備は日本人のもつ竹的美意識について,大学会館の目の前で実物に即しての国際親善にも役立つものではないかと考えますがどうでしょうか。

 6月12日,附属農場の田植祭に招かれました。式典後,農場長のサイロ新碑の説明中に「テッペンカケタカ」のホトトギスの啼き声が聞えてきました。一瞬子供の頃の「休ョン,カケタカ,ケサカケタ」(休右衛門,田圃に水をかけたか(引く,注ぐ),今朝かけた)を思い出しました。農家にとって,田植時,田圃に水を引くことは大変な仕事でした。私はホトトギスの哺き声に農事の教訓を求めた昔の人達に今一度,「自然とは何か」を学ぶべきものがあるのではないかと思います。着任後半年,吉田団地の自然環境にふれてきましたが,大学の正門前でドンコの釣れる川,構内でホトトギスの哺き声を耳にする自然環境の国立大学は今や正に貴重な存在ではないかと思います。私は山口大学の自然環境が何時までも保たれることを心から願うものであります。