5.山口大学の排水処理問題一創設期の頃一 

 工学部 中西 弘

1.大学排水間題の提起

 工場排水を中心に有害物質の排出が大きな社会問題となって各地でその実態が明らかにされ,社会悪の根源として世論の大きな非難を浴びたのは昭和40年代に入ってからであった。大学排水もその例外ではない。工場排水のみならず,大学の排水を含めて各事業所排水も生活排水も当時はほとんどたれ流しの状態にあった。大学排水の間題はまた大学紛争の一環として学生諸君の格好の告発の材料でもあった。某大学の学生が多数の試料を持込んで来たので研究室を水質分析の場として提供したところ,後で判ったことであるが,それらは某大学構内の排水の試料であり,大学当局攻撃の資料に使われていたという苦い経験もあった。とにかく大学構内の排水は,下水道の整臆きれていない地区では,便所を除いて実験室排水も何もかもたれ流しの状態にあったのである。また,下水道の整備されている地区でも,実験室で使用された有害な廃液を含めてすべてが下水道に排水され,下水処理場においてそれらが完全に除去されるという保証はなかったのである。

 およそ大学やそれに付属する病院などでは,それが存在する都市において大きな位置を占めており,職員,学生数,薬品使用量,あるいは水道使用量からみて明らかなように,それぞれの地域において大量の汚濁物を排出する顕著な汚濁源の一つであることは否定できない。とくに化学薬品を使用する関係もあって,重金属などの有害物質による汚染が世間の注目を集めてきた。このような意味において,大学排水も水質汚濁防止法の規制対象となった。

2.山口大学の排水処理対策,基本計画

 山口大学の苦田地区の排水が流入している九田川において,その汚水のために下流の魚が死んだり,悪臭の発生など,周囲の住民からの苦情が発生していた。また宇部市に位置する医学部の宿舎の生活排水路の悪化が顕著であった。一方,山口県では国の規制に先立って昭和48年から病院排水の水質規制(水質汚濁防止法の上乗せ条例)を行ってきた。

 このような背景において行ってきた山口大学の排水処理対策の経過はつぎのようであった。

昭和46年9月 環境汚染等防止対策委員会発足

昭和47年1月 全学排水の水質推定総合調査解析

昭和48年9月 山口大学排水処理の基本方針確立,中央廃水処理施設

       (実験室濃厚廃水処理)の基本計画作成,予算請求

昭和49年l月 山口大学特殊廃水(実験室濃厚廃水)暫定処理要項作成,実施

昭和50年3月 廃棄有機溶剤集積所設置(吉田地区,工学部,医学部)

昭和5l年3月 特殊廃水処理施設完成,工学部キャンパスに下水管きょ(分流式)整備

昭和53年3月 生活排水処理施設(吉田地区)完成

昭和54年3月 実験洗浄排水中和施設完成

 排水処理の基本方針は,排水中には一切の有害物質を排出しないことであり,そのためには可能な限り有害な廃液を水に流さないことである。やむを得ず排水中に含まれるものについては排水処理施設によってこれを除去するというのが原則である。この方針に立てば,実験室の濃厚廃液や有機廃溶剤は流さずにため置き,これを別途処理する。実験室では器具の洗浄排水などやむを得ないものだけ排水の対象となる。山口大学においてもこの基本方針に従って排水処理の基本計画が立てられた。

 すなわち,現在にみられる次のような施設がそれである。

(1)特殊廃水処理施設

 実験室濃厚廃液を(1)公害重金属及びひ素含有廃液,(2)水銀廃液,(3)シアン廃液に分別して容器貯留,各部局ごとに収集,特殊廃水処理施設に運搬,回分法にて各廃液を処理,処理水は隣接の生活排水処理施設を経て放流,脱水汚泥は業者委託

(2)生活排水処理

 (a)吉田団地区:雨水,生活排水(水洗便所,手洗,食堂等),実験室洗浄排水の3系統に分類,雨水は雨水管を経て直接放流,生活排水は生活排水処理施設で処理した後,放流,実験室洗浄水は中和調整モこター施設で必要に応じて中間処理をした後,生活排水処理施設を経て放流,脱水汚泥は業者委託

(b)宇部市常盤団地(工学部),小串団地(医学部)雨水は雨水管を経て放流,生活排水ならびに実験室洗浄水は公共下水道に放流

(3)廃棄有機溶剤処理,写真廃液処理

 廃棄有機溶剤は,吉田,常盤,小串の各団地に設けられた集積場に集め,業者委託処理,なお,特殊廃水ならびに生活排水処理施設の運転管理は業者委託

 現在,この基本計画に沿って施設が整備され,成果が得られて来て居るが,その過程において種々の経緯があった。

3.排出汚濁負負荷の把握

 山口大学の各キャンパスから排出される汚濁物量を把握するための調査が昭和46年度に最初に行われた。この場合の調査は,各排水口での実測調査ではなく,種々のデータの集収,解析による原単位法で行った。その理由は,実測調査では,その実態を把握するためにば,必要な採水地点の多いことと,各排水路とも水量,水質の時間変動が著しいこと,測定項目が多いことなどにより.測定検体数が非常に増加することもあって,全体像を把握することは困難であったので,先ずその代表値を知るためには,当時研究開発が進められてきた原単位法を実測に先立って採用したのである。その概要は次のとおりである。

(1) 排水量は,水道使用量より年間の平均値を求め,各排水路に割宛てる。

(2)生活系の汚濁負荷量は,教職員数,学生数,昼間人口を考慮して,原単位(l人l日当りの発生負荷量,既存の処理施設での除去率等を勘案)から算定する。

(3) 実験室排水の汚濁負荷量は,年間の薬品購入量より,それらの薬品が年間に使用され,明らかに排水中に含まれないと考えられるものを除き,すぺて排水中に含まれるものとして,各項目別の汚濁物量を算定し,各排水路に割宛る。

 このため,基礎資料として水道使用量と薬品購入量の夷態が必要であるが,各部局からそれらの資料を提供してもらい,本部予算30万円で,資料の解析にあたった。ここにおいて購入きれた各薬品の化学式から,TOD(全酸素要求量),TN(全窒素),TP(全リン)および各有害物質(Hg.Pb,Cd,CNなど)の汚濁物質量を算定するために薬学専攻の女性3名の労を煩わした。とにかくこうして,各排水路ごとの汚濁負荷量,排水量および排水濃度が算定できた。その後,各排水路での実態調査が漸次行われてきた。

4.排水処理施設の位置決定

 先ず,特殊廃水処理施設(実験室濃厚排水)の位置決定が大きな課題となった。御多分にももれず,排水処理施設はめいわく施設であり,何処も歓迎されない。当初の施設部の原案では.工学部内に設置するということであった。先に計算した実験室濃厚排水の排出量からみると,山口大学全体の41.0%が工学部,23.6%が医学部,35.4%が吉田地区の農,理,教育学部等である。したがって字部地区が全排出量の64.6%を占めていることになる。また有機溶剤についても60%が字部地区より排出されることになる。したがって我々はそのことに同意できたのであるが,当時の学部責任者の反対で原案は撤回きれ現在の位置に落ちついた。このことは今でも残念に思っている。

 吉田地区の生活排水処理施設は特殊廃水処理施設に隣接して設置された。正門に入って右手である。排水処理施設が大学の表玄関に隣接して設置されていると言うことは,ある意味で好ましいことである。山口大学が排水処理に積極的に取組んでいる証拠として,またシンボルとして,この賢明な処置を我々は誇りに感じているのである。

 山口大学の排水処理が,医療系廃液に対する処置や生活排水処理施設に対する雨水の混合など,なお今後に残された課題をかかえながらも順調に稼動していることは,関係者の努力の結果である。排水処理の委員会をはじめ,特に直接実務にたずさわって来られた施設部の方々の努力の賜物である。この機会に改めて感謝の意を表したい。