6.外部不経済と排水等の処理問題についての雑感

                            経済学部 高取 健郎

 山口大学に環境管理を目的とした,排水処理センターが存在し,機能していることをご存知だろうか。宇部地区に存在する工・医学部と,2つの短大を除く諸学部等の機関は,山口市吉田地区の約7l5Iに統合して,学生・教職員の約6500人が生活する一大キャンパスを構成している。

 移転時から,下水道の未整備の吉田地区は「地域社会の範となるべく,学内からの一切の汚水を排出しない」との基本方針を定めた。それによって,まず緊急度の高い特殊廃水(有毒物質を含む廃水)の処理と廃棄有機溶剤の貯留庫の施設を,次いで生活排水の浄化処理施設を設置した。

 後者には雨水,生活排水,実験室排水の3系統の排水路が設けられている。雨水はそのまま二級河川の「九田川」に放流されるが,実験室排水は自記記録装置で常時基準観測値で監視されていて,異状がないことを確かめた上で,生活排水と合流させ,活性汚泥法の手法で一括処理し,下水道法と水質汚濁防止法の規定値以下で,水利権者との協定のもとに九田川へ放流している。

 大学から排出される廃葉物は,産業廃棄物に比べて量は少ないものの,質的には研究・教育内容からして複雑多岐にわたっている。そのことから本学としては細心の注意を払い,地域社会の環境汚染源にならないように努力しているわけである。

 環境破壊には河川汚染や大気汚染を始め,騒音,薬物公害と種類や発生源は幅広い。通念的には,発生源及び被害のどちらかが不特定多数の場合に,これを「公害」を称することが多い。戦前には足尾銅山の鉱毒事件があり,1955年には森永ミルクのヒ素混入事件があった。以降の高度経済成長期には,また種々の公害が発生して,経済成長との因果関係がとり沙汰されるようになった。

 概に古くから,公害にまつわる経済学的用語として「外部不経済」の概念があった。これを初めて経済分析に用いたのは,A.マーシャルであって,彼は『経済学原理』の中で,「個々の企業内での内部経済による効率性の改善によるのではなく,産業全般の発展に基づく,生産規模の拡大によってもたらされる経済性(生産費の節減)」の意味で用いている。

 これを更に,市場機構の内部的欠陥としての外部経済と厳密に区別して用いたのは,マーシャルの高弟であったA.C.ビグーである。彼は『厚生経済学』の中で「ある経済活動が.本来その活動とは無関係の第三者に,市場取引を経ることなく,直接かつ付随的に影響を与えることを意味し,特にそれが利益をもたらす場合は外部経済であり,損害を与える場合には外部不経済である」とするもので,両者を合わせて「外部効果」といわれることが多い。

 例えば,山口市吉田地区の古くからの住民にとって,山口大学のキャンパスが誕生したことによる影響はどうであったのだろうか。人口増に伴う買物等の便利性の増大は外部経済で,本論事例にみる排水等の問題は外部不経済の典型であろう。

 こと排水問題だけに関してみるならば.本学が地域に外部効果の影響を与えないためには,降った雨水をも含めて貯留しておき.それを上水道法に準拠した水質にまで浄化し,中水として生活用水に利用する「自己環流方式」ともいえる手法をとることが考えられる(現実にこの方式を採っている大学もあると聞く)。しかし,本学は費用や,将来に公共下水道や整備される状況等が考慮されて,前述の手法が選択されたわけである。

 ここで,公害と経済との関係を考えてみたい。この間に因果関係があるとしても,経済成長によって公害防除は不可避ではないとする考え方がある。その1つとして,その考え方をモデル化した式をみることとする。

 公害が深刻になるのは,土地(E)当りの汚染物質(X)が多くなることだから,左辺のX/Eは土地当りの汚染物質の量を表わす(単純化のために各数値の単位と測定法を確定していない)。これを少なくできれば公害を抑制することができるわけである。

 更に,この説明要因を便宜上3つに分けて考えてみる(ここでは公害物質と対策設備のストックを捨象している。これの複雑なモデルは加藤寛,吉田精司編著「公共経済学講義」青林書院,1974年刊等を参照されたい)。1つは,土地当りの人口P/E,即ち人口密度である。次は,人口当りの実質GNPのG/Pである。さらにGNP当りの汚染物質量X/Gが考えられる。この3つを掛け合わせると左辺となる。同時に重化学工業比率の高い日本の場含はG/E×d(dは定数)ともいえる。このことから,人口密度が大きく,国民1人当りのGNPが高く,それを支える産業構造が重化学工業的であったので,わが国は汚染物質を出し易い体質にあったといえよう。

 さて,これを本学の状況に当てはめて考えてみよう。第1の要因の人口密度は広大な敷地に恵まれていて,日本全体が3l4人/Iであるのに対して,本学は9人/Iと非常に小さい。しかし,建物平面積から雨水量は集中的に排水される状況にある。第2要因の人口当りのGNPに匹敵するものは,多人数の学生に比較的複雑な汚染物質を扱う実験量の(S/P)が大きいことである。更に第3要因は,研究者による高度な実験による複雑多岐な汚染物質(X/S’)が排出されることである。よって,特に右辺が(d’×S”/E)として位置づけられ,日本の産業構造からくるGNPよりも,むしろ深刻な汚染集積度の高い状況が表われることになる。

 前者のG/EはGNPの中に公害防除コストとして吸収され得る,マーシャルのいう市場経済の中での内部経済化が可能であるが,公共的で収益性が度外視されている大学の研究機関でのS”/Eは,外部不経済として放置されがちな性格を有しているといえよう。

 それでも本学は「地域社会の範となる……」高い理念のもとに,以下の努力を重ねている。例えば特殊廃水は個別研究者で系統別に貯留し,前処理を施す「原点処理」に始まる。排水センターはそれを分別集荷し,同系統毎に「一括処理」の作業を細心の注意を払って続けているのである。

 しかし,毎年の文部省配分の予算では賄いきれず,不足分は各学部予算から拠出させられている状況にある。これはまさに外部不経済の状況に放置されているのであるが,これの外部経済効果を高める改善には,当面次の3つの目標が考えられよう。

(1)これの放置は地域環境に外部不経済となることを文部省に理解させ,ことの重要性を認識させる。

(2)G/Eに見含う,研究・教育実績のS”/Eを今より一層高めて,現実の経済効果に反映させる。

(3)研究教育の成果の出来高に占める,間接費用を含めての公害防除コストの原価基準を明確にする。