山口大学キャンパス将来像の提案

                        教育学部  川口 政宏

 大学のキャンパスは、青年期にある学生にとって、その人間形成にはかり知れない影響を与える場所といえる。特に生活の場である下宿を、大学から半径2キロ以内におく大部分の山口大学生にとっては、大学はまさに家のようなものである。キャンパスはそれにふさわしい環境と機能をそなえている必要がある。

 山口大学は昭和41年から48年にかけて平川吉田地区への統合移転を経て、現在は山口市平川吉田地区、宇部市常盤地区の工学部、同じく小串地区の医学部、と3つのキャンパスに分散配置される変則的な構成となっている。いずれの地区も早急に解決しなければならない問題を数多く抱えている。

 山口大学が移転をはじめた昭和40年代は工業社会的合理主義の時代であり、山口大学も時代の流れに沿って、機能的かつ効率を重視した建築、諸設備を設置してきた。現在の吉田キャンパスを例にとっても、ここには当時の基本構図を殆ど変更する事なしに、その図面上に次々と諸施設を継ぎ足しながら拡大してきた姿を見ることが出来る。

 現在、大学への進学率は当時に比して格段の上昇をとげている。その結果、大学教育に対する期待は多様化し、社会は益々高度情報化、国際化しつつある。このような情勢の中で大学はその教育・研究機能を充実させ、地域社会、国際社会と連携したサービス機能の向上を求められている。大学はこのような現状に対応可能な手だてを講じなければならない。

 しかしながら、山口大学の現状は、校舎及び研究施設等の老朽化、それに伴うランニングコストの上昇、高度情報社会の要請に対応可能な施設及び機器の不足、また、学生定員の変化、カリキュラムの大幅な変更、大講座制への移行等、急速な時代の変化に即応出来る、教育・研究組織、体制の整備情況等、大幅に遅れており、至急対策を講じなければ教育、研究に重大な支障をきたす情況になりつつある。

 これに対処するためには、何事にも大学内の各機関が個々ばらばらに対応してきた従来の状態から、学部を越えた姿勢で諸々の問題に有機的に対応してゆく体制を作り、予算の無駄を省き問題の解決に一丸となって対処して行くことが大切である。ここに至って、昭和40年代から抱え込んでいる問題を根本的に見直すとともに総合的な山口大学環境整備の為のマスタープランを作成することが必要であろう。そこで、山口大学が抱える環境問題にかかわる問題点を吉田地区に絞って考え、実現可能な幾つかの提案をしてみたい。

 来るべき21世紀に向かう山口大学のキャンパス整備計画を幾つか上げてみる。

1 県都に位置する大学。

 県都山口に相応しい機能を備え、良好な研究教育環境を持つ大学にする。

2 キャンパスの有効利用。

 構内の利用地の再検討を行い、有効利用地を捻出するように努め、将来を見通した環境設定を行って、教育研究の発展に応える環境を生み出す。

3 地域に密着した大学。

 開かれた大学として、施設と大学構内の開放を積極的に行い、山口県の核として地域に密接に結びついた活気あふれるキャンパス作りを目指す。

4 地域環境との調和。

 地域の環境と調和するよう充分に配慮し文化の香り高い環境を設定する。また地域環境の諸問題を協議する機関を設置するなど地域の住民の意見を尊重する大学運営を行う。 

5 環境保全

 環境の維持、保全に努力するとともに田園の地の利を生かした緑地の活用により、緑豊かなキャンパス作りを目指す。

6 省エネルギーを目指す大学。

 効率性、経済性の立場から省エネ、省資源がはかれるように建物、施設設備 機材の共通化、共有化を図る。

以下項目別に述べる。

○ 駐車場について

 21世紀を見据えた教育テーマ、国際化、大学開放、地域との連携等を唱える時、清潔で快適な環境を作ることをまず第一に考えなければならない。

 これらの計画を実現するためには発想の大転換が必要である。まず、吉田キャンパス内外の交通体系及び構内道路の在り方を根本的に見直す。その為に、通学、通勤状態の検討、駐車場の整備・充実を行い、大学全構成員の安全と効率的利用を図る。次に快適な教育・研究環境を作るために色々なゾーンと広場を作る。このために構内の有効利用土地の捻出を図る。

 具体的な手段として車両の規制から始める。基本的に大学構内には緊急車両、大型貨物車、山口市営バス(市営バスは山口大学内にローターりーを新設して構内を経由させて終点に至ることとする)以外の車両は入構させない。構内出入り業者には電気自動車購入を義務付け、進入路及び進入時間を制限する。大学構成員の車による来校許可区域も現在の2キロから5キロに拡大し車数を減らす。これには充分な議論が必要だが、将来は公平かつ責任ある管理態勢の元で、利用者負担による駐車場の有料化を考慮する必要がでてくるかもしれない。

 大学正門の駐車場、グラウンドのある南門側の駐車場の改造を行い歩行者の安全と利用者の便宜を図る。通用門から駐車場に至る道路は直進させ、駐車場限りとする。南門は廃止し歩行者専用門とし、安全にゆったりと入構できるようにする。新しい南門は人文学部付近の駐車場に直接付け安全性の向上を図る。

○ 広場について

 このような措置を講じた後に構内の道路の全面的な見直しを行い有効利用地の大幅な捻出を図る。現在は建物をはじめ、いかなる構造物を設置する場合でも現在の道路の現状に即して図面を作成している。カーブしている場所ではそれに沿って建造物を作らざるをえない現状では、個性的な建物など生まれるはずがない。 このような不合理を無くすためにも各学部の管理下におかれた道路を大学全体の為に提供し、総て白紙に戻して新規の山口大学キャンパス環境計画の将来設計画案を作成する。各学部が既得権を主張することなく、大学全体の共通利用のための土地として、現在管理下にある道路及び未使用の土地を提供すれば大学構内の環境は大きく改善されるだろう。

 例を挙げる(写真1)。理学部と農学部、図書館及び貯水槽付近は吉田キャンパスの中心部であり、利用価値の高い巨大な空間である。ここに大学の「中心広場」作り、大学の「臍」としての機能を持たせる。しかし、この空間は大学正門方向に向かって大きく開いているので、広場として成立させるために貯水槽の付近から正門方向に高木による森林公園をつくり囲まれた空間を生みだす。広場には条件付き車しか走らないので、安全な空間として多様な利用法が考えられる。広場は消防自動車や重量貨物自動車の荷重に耐えられる高強度の陶製のブロック(開発され使用されている)、煉瓦、タイル、浸透性コンクリート等によって美しく構成され、使用素材の目地も大きくとり雨水の浸透をよくして植物の給水に配慮する。

 広場にある防火用の貯水槽から正門の方向に若干の勾配(写真2)があるので、これを利用し迫り出し式のテントによって構成された小さな階段状の円形劇場を作り、周囲を芝で敷き詰め小さな催し物なども演じられるようにする。

 貯水槽も噴水等のある池に改良して、勾配を利用したせせらぎを作り下流部にも池を作る。照明設備も整備し水と光ををテーマにしたいろいろな造形物によっって楽しめる場所にする。このような広場をキャンパス内に4、5ヶ所作る。この広場を起点として構内に幾つかのゾーンを作る。さしずめこの広場は理系ゾーンとなる。

 図書館から共通教育棟に至る空間も有効利用地として大いに活用できる魅力的な場所である。ここは吉田キャンパスの中で最も学生諸君が集まり、色々な情報が集まる場所(写真3)なので、ここを情報ゾーンとしギャラリーとしての機能を持たせたい。そのために情報板を配置したり、多数の電話機や情報機器の通信施設、郵便局等を設置し国内外との交流を活発に行うと共に、全構成員の日常生活に関わる情報もここを中心に収集、発信を行い、常に人が集まり、熱気に溢れた場所に育ててゆく。できれば診療所も設置したい。

 このゾーンは細長い空間を持っているのでモールとしても成り立つ。大教室が沢山集まっているので一応広場として成立しているが、この空間を構成している教室群の状態はあまり美的でない。色彩計画を立て、教室の設備を多様なパフォーマンスにも対応可能な美的環境に改善する。また、ここの長い外廊下を持った3階建ての教室棟の1階廊下の手摺部を取り払い、それに沿った長い階段を作り、中庭に芝生を張った小丘を作り催し物の時の舞台とする。その場合、2、3階の片廊下は天井桟敷になる。照明設備、音響設備も充実させ、市民にもを開放する。

 この場所に巨大なテントを設置することも考えている。それを使用して入学式、卒業式、その他の諸々の行事を行う。いつまでも大学の重要な行事を外部に依存することなどそろそろやめようではないか。設置資金をあまり必要とせず、美しい形状を持つテントのような建造物はもっとあちこちで活用すべきである。

 以上、有効利用地の捻出と魅力ある環境になり得る企画を上げてみた。繰り返しになるが、この提案は吉田キャンパス内の車道と歩道の区別を全て無くし、キャンパス全体を広場とすることである。これを実現するためには既存の施設を損なうことなく、あたかもその隙間を埋めて行くようにして計画を実行していかなければならない苦しさがあるが、まず手の付けられる所から始めて行かなければならない。

○ 正門と地域について

 まず、大学正門及びその他の門とその周辺部の改造を行う。そもそも門とは 「結界」を意味しそれを潜ることによって、意識の切り替えを行う重要な役割を持つと共にその属する所の象徴でもあるが、戦後新設された殆どの大学には門と言えるようなものは存在していない。僅かに旧帝国大学にその姿を留めるだけである。

 山口大学に新しい正門を作る。正門は遠方からも一瞥するだけで山口大学の存在が判る地域のランドマークとしての機能も持つ堂々とした形態でなければならない。門の形状はいろいろ考えられるが、宇宙や時間のような絶対的な概念を表し、平面的ではなく重層的な構造でありたい。これに伴って正門周辺及びその他の門の改造も段階的に行う。

 大学通りの改修は既に終了しているが、キャンパスとの繋がりは殆ど見られない。例えば、正門前のポケットパークと正門側の公園との連携は全く無く、正門前の空間も単なる空き地でしかない。この3つの空間を関連付け、守衛所脇の小さな森林公園に至る人の流れと溜まりを作ることが必要である。そのためにも正門の新設とその近辺の整備が必要である。照明施設やベンチの設置、四季折々の草木を植える等の環境を充実する努力をしながら、徐々に大学通りの性格付けを行って行う必要がある。

 このような潤いのない状況を生み出していることに関しては、山口大学の責任も大きい。薄汚れた外周部分や沈んだ色彩の校舎は著しく地域の景観を損なっているし、外周の緑化も不十分である。今後新設する施設等からは、地域の環境に充分配慮し、時には地域と協議するなどの姿勢が必要である。地域環境問題検討委員会等を作成し常時連絡を取り合って行くことが大切である。学生たちの生活問題等を親身になって世話する機関を両者で形成するなど、地に着いた大学と地域の繋がりを日常的化させることが大切である。

○ 緑地について

 平川地区は急速な宅地化によって緑地が著しく減少してきている。これらのの流れに歯止めをかける意味でも山口大学の果たすべき役割は大きい。幸いなことに大学の緑地は順調に育っている。正門守衛所脇の小公園裏の緑地は見事に育ち、僅かに下枝を刈るだけで小さな森林公園が生まれる。

 九田川周辺の環境も良好である。この付近に乗馬部があるが、この施設を市民に開放してみたい。ここから男子寮を通って大学会館に至る地域は緑濃い所である。道沿いにある大学会館も夜間営業を認めるなど市民に積極的に開放べきである。スポーツゾーンからの帰り道に会館のレストランに寄ってみるのも楽しい。 ここから、農学部の並木に至る道を整備して農学部裏門に至る道と、人文学部と教育学部の文系ゾーンを通りスポーツゾーンに至るそれぞれの道を、グリーンベルトと照明施設、ストリートファニチュアーなどによって整え、構内回遊形式の散策とジョギングも出来る小道とし、吉田遺跡と共に広く市民に開放する。

 農学部の植裁はあまり手を加えないで自然状態を残すいわゆる「地山」の状態にあり、山口でも最後の自然として残っている貴重なものなので、散策道のある森林公園として葡萄園、桃園などと共にて広く市民に開放し大切に保全して行くことが必要である。大学はこの貴重な植裁をまもるために長期的展望にたった環境保全及び植裁計画を立て、平川地域の植裁環境の中核とならなければならない。 山口大学のキャンパスと平川地区をグリーンベルトで包みたい。

○ まとめ

 以上のように、大学のキャンパスの将来像を6つの観点で述べてきた。この中でも、最も重要なことは、大学全構成員が発想の転換を図ることである。旧来の学部の利害やセクト主義によって計画を推し進めるのではなく、学部を超えた協力態勢のもとに大学の将来像を考えていく必要がある。このことは、同時に省エネ、有効利用にも関連している。常に全体を考慮しながら、共同利用の出来る施設設備を有効に活用し、新設の案件に関しては、大学全体の委員会、地域連絡協議会等によって協議・決定を行う。例えば、小さな例であるが、建物の窓一つをとっても彫りの深い窓を設計して「光と影」のある、美しい建築物を作り、その配置は平川地区の環境条件に合致した物とする。具体的には冬の寒さを凌ぐには、鳳便山おろしを塞ぐ方向とし、夏の涼を求めるならふしの川の流れに沿って風を取り入れるなど、地の利を充分に活かし省エネルギー化を図りたい。予算においても、緊急度の高いものを優先し、予算執行する必要がある。

 大学は、学生、教職員、地域社会の全ての財産である。一人一人が大学に高い理想と夢を持ち、叡知を結集してよりよい教育・研究環境を生み出すための努力を続けていかなければならない。