ダイオキシン問題について

工学部 浮田正夫

1.はじめに

 ベトナム戦争における米軍の枯葉剤作戦でベトちゃんドクちゃんのような多くの奇形児が生まれたが、ダイオキシンはその原因物質として有名になった。史上最強の人工的毒物として知られるようになったダイオキシンがまた最近新聞紙上やテレビでたびたび登場するようになっている。ダイオキシン問題によってごみ処理のシステムを大きく変更せざるを得ない状況になっている。ここでは2,3の資料1)、2)をもとにして、ダイオキシン問題の概要をまとめ、ご参考に供したい。

2.歴史的経過

 枯葉剤はもとは棉や大豆の収穫を容易にするために落葉剤として開発された2,4−Dや2,4,5−Tを含む薬剤である。ジャングル戦を容易にするために1961年〜1971年にかけて7万2千klが散布され、220万haの森林が枯らされたという。このうち、エージェントオレンジという薬剤に不純物として微量のダイオキシンが含まれ、それを浴びた親から先天性異常児や流産が多発した。
1976年にはイタリアミラノ近郊のセベソにある化学工場で爆発事故が起き、ダイオキシンが飛散した。その後、家畜、鳥、魚の大量死や流産、奇形児の増加が見ら得れ、1990年まで立入禁止区域が設定された。この際、撤去された汚染土壌が一時行方不明になり、有害廃棄物越境移動を制限するバーゼル条約の端緒となっている。
1978年には米国ニューヨーク州ナイアガラフォール市の東南の住宅地ラブキャナルで化学産業廃棄物による汚染が埋立地の閉鎖後25年も経過して、明らかになり、239家族が立ち退きとなっている。対策後も土壌のダイオキシン汚染が報告され、この事件は米国における汚染土地の復元を義務づけたスーパーファンド法制定の発端となった。
1985年代に入り、パルプの塩素漂白過程で生成したダイオキシンが排水に含まれるということが指摘され、その後徐々に酸素漂白に切り替えが行われている。水田土壌中のダイオキシン濃度も無視できないレベルであることも報告されている。
一方、都市ごみ焼却炉のフライアッシュからダイオキシンが検出されたのは1977年のオランダが最初である。その後ごみ焼却場の周辺の牧場の牛の乳や、母乳から他地域よりも高い濃度でダイオキシンが検出され、焼却場の広域集約化の対策がとられるようになった。わが国においては、1979年にすでに焼却炉フライアッシュからダイオキシンが検出されているが、1983年愛媛大学が調査結果を発表してから、対策が加速し、1990年に厚生省から「ダイオキシン類発生防止等ガイドライン」が出されている。その後、許容摂取量が100 pg/kg/日から10 pg/kg/日と厳しくなったのに伴って、検討が重ねられ、1997年に入って「ゴミ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン」がまとめられ、自治体レベルで急速な対策が要求されるよう、事態が急展開している。

3.ダイオキシンの化学

図1にダイオキシン類の化学構造式を示す。

 ダイオキシン類はPolychlorinated dibenzo-p-dioxins(PCDDs)とPlychlorinated dibenzofurans(PCDFs)の総称であり、塩素の置換数と置換位置によって非常に多くの同族体が存在する。中でも、2,3,7,8-TCDDの毒性がもっとも高く、この毒性に換算してダイオキシン類の濃度を表現することが行われている。


(1)ダイオキシン類の毒性

 表1は相対的な毒性の比較を示したものである。
無影響経口投与量(NOAEL)は慢性毒性で、1ng/kg/日(ラット)、 催奇形性で、 100ng/kg/日(マウス)、免疫毒性で5 ng/kg/日(マウス)とされている。

(2)ダイオキシンの摂取量

 許容1日摂取量TDI(Tolerable Daily Intake)が10 pgTEQ/kg/日であるのに対して、表2には、ダイオキシンの摂取量の推定値が示されている。魚介類の経由がもっとも大きいと推定されている。ピコグラムpgは10−12g、1兆分の1gであり、以下に微量であるかがわかる。

(3)ダイオキシンの発生源

 一方わが国におけるダイオキシンの発生量の推定は表3に示される通りである。都市ごみ焼却からの発生がもっとも大きいウエイトをしめている。この発生メカニズムとして、@クロロフェノールやPCBsのような塩素化前駆体が焼却炉中で反応して生成 Aポリ塩化ビニル樹脂、リグニン等の有機物と塩化物、塩化水素などが反応して生成 B前駆体がフライアッシュ固相で塩素供与体と反応して生成 などが考えられている。


4.ごみ焼却に伴うダイオキシンの発生
(1)ごみ焼却排ガス中のダイオキシン

 表4に我が国における都市ごみ焼却炉の施設数とダイオキシンの測定された濃度の平均値を示す。旧い施設で小規模な施設において、概ね濃度が高いことがわかる。これは300℃付近でダイオキシンが生成しやすく、バッチの運転の場合、立ち上げ時、消火時などにおいてダイオキシン濃度が高まることが示されている(表5)。また、電気集塵機(EP)では集塵過程でダイオキシンが生成しやすい条件となることでバッグフィルター(BF)方式への転換が奨められている。ガイドラインでは望ましい燃焼条件として、表6のような900℃以上といった条件が示されている。

(2)山口県下のごみ焼却工場のダイオキシン濃度

表7は今年公表された山口県下のごみ焼却工場のダイオキシン濃度である。ガイドラインでは緊急対策として80 ng/m3、恒久対策としては、1997年以降新設の場合0.1 ng/m3、既設炉(旧ガイドライン適用) 0.5 ng/m3、その他の既設炉については、連続式の場合1ng/m3、間欠式の場合5 ng/m3の基準が示されている。概ね、平成13年までは100トン/日程度の規模にまでまとめて、暫定的に対応し、平成14年からは 300トン/日の規模にまとめていかないとクリアできない状況にあるという。

(3)焼却灰等のダイオキシン濃度

ごみの焼却灰にはストーカの下に落ちる主灰と排ガスに含まれ、排ガス処理過程で回収される飛灰がある。ごみ100gから、焼却主灰 15g、焼却飛灰 3g程度発生するといわれる。表8には焼却主灰の、表9には焼却飛灰のダイオキシン濃度を示す。MCはマルチサイクロン方式による排ガス処理であることを示す。主灰より飛灰の方が濃度が高く、また、排ガスと同様に小規模な炉で高め、また、BF方式よりEP方式の方が濃度が高いことがわかる。

(4)新方式の処理によるダイオキシン対策

表10は焼却灰を溶融したときのダイオキシンの収支と分解率を示したものである。

溶融温度が高いために、分解率はほとんど百%に近い。

5.おわりに

これまでの説明で、ダイオキシン問題によってごみ処理のシステムに大きな変化が迫られていることが概ね理解していただけたと思う。ひるがえって、学内のごみ処理の状況をみれば、可燃物はほとんど分別されることなく、構内の焼却炉で燃やされ、時として過剰投入から黒煙を上げている状況もよく見られる。ダイオキシン類の測定は外注すれば測定料金が1検体が何十万円もするので、簡単に測れないが、状況的には排ガス中にかなりの濃度が検出されてもおかしくはないといえる。小規模な自治体では自分の町でゴミを焼却することができなくなるが、同様に、各事業場でも構内の焼却炉でゴミを焼くことは禁じられる可能性がある。いずれにしても大学においても、分別リサイクルを徹底して、ゴミの減量化を進める努力が必要であろう。

参考文献
1)平岡正勝編著:廃棄物処理とダイオキシン対策、環境公害新聞社(1993)
2)ゴミ処理に係るダイオキシン類発生防止等ガイドライン、ゴミ処理に係るダイオキシン削減対策検討会(平成9年1月)