シカゴ大学におけるアメニティ環境について

                          人文学部 木村 武史

 私は1989 年9月から1996年5月までの6年半を大学院生としてシカゴ大学で過ごした。シカゴ大学は1893年に大学院を中心として設立された大学であり、大学院生の人数の方が学部学生の人数よりも多い。そのため、全体の雰囲気は普通のアメリカの大学のイメージとは異なり、若干「暗い」。数年前、ある大学の学生が、アメリカ全国の学部学生に行ったアンケートで、学部学生に最も人気の無いキャンパスという名誉を受けた。その後、大学側も施設の改装や食堂の変更などをして若者にアピールしようとしている。

 シカゴ大学はシカゴのダウンタウンの南にあるハイド・パークと呼ばれる地域に位置している。シカゴ市は犯罪が多発する都市として知られており、シカゴ大学が位置しているハイド・パークそのものはそれほど犯罪の件数は多くはないが、周辺はギャングが跋扈する地域である。キャンパス周辺は暗くなってからは言うまでもなく、昼間も気を付けなくてはならない。常に四方に気を配って歩くので、歩き方から目つきまで変わってしまう。

 このような環境にあるシカゴ大学におけるアメニティ環境について書こうとすると様々な視点から考えなくてはならない。教員の立場から、職員の立場から、大学院生の立場から、学部学生の立場から、女性の立場から、あるいは、マイノリティの立場から、などなど様々な視点から書くことができると思う。また、研究と教育の両方のハードとソフトの両面について書くこともできると思う。山口大学の環境を良くするための参考にアメリカの大学の状況を書くように言われているので、時折、山口大学のキャパンスについても一言二言書くことにしたい。しかし、ここでは思い付くままに書いていきたいと思う。

 シカゴ大学のキャンパスはアメリカの大学としてはそれほど規模は大きくない。また、テレビや雑誌などで目にする広々としたアメリカの大学キャンパスというイメージとは程遠い。むしろ、こじんまりとしている。ヨーロッパの大学の建物は本物の石で造られているが、残念ながら、シカゴ大学の建物は本物の石ではないらしい。しかしながら、ゴシックに真似た外観を呈しており、それなりの雰囲気はある。山口に来る前に私は川崎に住んでおり、近くに明治大学の工学部の校舎があった。時々、明治大学の中に犬を散歩に連れていったりしたが、少し中に入っていくと、荒れ果てた寮の建物がそのまま残ったりしていた。無機的な建物を見た私の妻は「工場みたいだ。」と言った。青春の4年間を過ごす学生は山口大学の建物を見て、どのように感じるのであろうか。卒業した後でも懐かしく思い浮かべる大学の建物や場所があるのであろうか。

 次に、シカゴ大学の図書館を見てみよう。アメリカでは良くあることだが、レーゲンシュタインという富豪がシカゴ大学に中央図書館建設のための基金を寄付したので、この図書館はレーゲンシュタイン図書館と呼ばれている。図書館に入って直ぐに気付くのは出入り口にコンピュータが設置され、人が座っていることである。コンピューターは出入りの際にIDをチェックするために昨年導入された。入り口のカウンターに座っている人は何をしているのか。コンピューターが導入される前は、図書館に入る人のIDのチェックもしていたが、現在は専ら出て行く人の鞄の中味をチェックしている。慣れてしまえば何のことは無いのだが、初めてバッグの中味をチェックされた時は少し不愉快であった。

 さて、図書館のハードの面で良いと思われるのは天井が高い点である。レーゲンシュタイン図書館とは別にハーパー図書館というのがあるが、そこの天井は3階か4階ぐらいの高さがある。天井の高さは、建物が密閉されているので、なおさら、心地よさを与えてくれた。レーゲンシュタインの各階には窓際に柔らかいソファがあり、勉強に疲れた学生がリラックス、或いは、昼寝をできるようになっていた。リラックスという点で、山口大学図書館にはソファなどないし、雑誌閲覧場所には背もたれの無い椅子が並べてある。また、新聞は立ったまま読まなくてはならない。なぜなのだろうか。シカゴ大学図書館に話を戻そう。図書館の地階にはコーヒーを飲み食事のできるカフェテリアがある。つまり、長時間、図書館に篭ることが可能なのである。山口大学図書館も最近、教員、大学院生は24時間使用できるようになったが、レーゲンシュタイン図書館は午前2時まで開いていて、試験前などは学部学生が遅くまで残って勉強していた。当然、教員は24時間利用できた。また、図書館には教員の研究室があり、多くの教員が図書館の中で研究を行っている。

 教員の研究室はどうであろうか。私の研究室は共通教育研棟にあるが、広さはシカゴ大学の教員の研究室と比べても遜色は無い。ただ、人文学部棟の研究室は壁が薄く、隣の研究室の声が聞こえてくるという話を聞くが、おそらく、アメリカの大学の教員の研究室で隣の部屋の声が聞こえるなどということは無いであろう。しかし、シカゴ大学の教員の研究室には水道やガスなどは設置されていない。そうであるから、各建物にはカフェテリアがある。ということは、学生も授業時間の合間にカフェテリアで友人をお茶飲みをして息抜きする場所があるということである。また、時々ではあるが、教師と学生が一緒にコーヒーを飲んで授業について話をするという光景も見られた。

 さて、初めにも書いたが、シカゴ大学は学部学生にとって最も魅力の無いキャンパスとして選ばれてしまった。それ以来、目に付く形で学生が心地よく過ごせるような工夫を凝らしているのが分かる。例えば、以前は時々しか使われなかったホールを改装して、多くのソファを入れ、リラックスできるような空間ができた。また、食堂には学部学生が喜ぶようなピザハットなどのチェーン店を入れた(個人的には、これは改悪だと思っている)。しかしながら、他の多くのアメリカの大学キャンパスに見られるようなゲームセンターやボーリング場を学内に設置するような計画は無さそうである。大学の周りにはバーなどはほとんど無く、しばしば、学生が息抜きする空間が無いという不満も聞くが、この点はおそらく変わらないであろう。

 シカゴ大学には教職員および卒業生のみが利用することができるQクラブというのがある。つまり、学生は利用できない。Qはquadrangle(四方が建物に囲まれた中庭)の頭文字である。キャンパスの真ん中にある中庭は四方が建物に囲まれているので、キャンパスを呼ぶときにquadrangleと呼ぶことが良くある。さて、Qクラブでは、他のカフェテリアで食べられる食事よりも良い食事が出され、外部からの訪問者などを招待するときによく利用される。また、宿泊施設もあるので、キャンパスに戻ってきた卒業生などはここに泊まることができる。

 もし、山口大学がアメニティ環境を整備して、より良い教育・研究環境を作り出そうとするならば、折角だから、山口市にとってもモデルとなるようなアメニティ環境を作ってもらいたいと思う。今まで書いてきたこととあまり関係が無いかもしれないが、例えば、

教職員や学生が自動車を購入する際に、ガソリンを消費する車ではなく、電気自動車を購入するように奨励し、電気自動車を購入する際には補助をするとか、考えてもいいのではないだろうか。また、先日、大学に自転車で来る際に、田んぼに農薬を散布しているのを目にしたが、多くの人が自転車や歩く道の横で農薬を散布するというのも一体どうかとも思う。むしろ、無農薬の田んぼや畑を作って学生に田植えや野菜作りに励んで貰うようにした方がいいのではと思ったりもする。さらに、夏の始めにクーラーの温度設定を低くするようにという連絡があったが、大学の建物の屋上に太陽熱利用の発電機を設置すれば、そんな心配もなくなるのではないだろうか。もし、大学のアメニティ環境を作り換えるならば、未来都市のモデルとなるようなラディカルな実験をしてもいいのではないかと思う。

 取り止めも無いことばかり書いてきたのであまり役に立ちそうもないと反省しているが、議論をするためだけに議論をするのではなく、具体的に山口大学キャンパスが教職員、学生の双方にとって快適に過ごし、学問に励むことのできる空間を提供できるようになってもらえればと思う。