環境ホルモンについて


                         医学部 芳原達也

(1)環境ホルモンの概念
 環境ホルモンの正式名称は、内分泌撹乱化学物質と呼ばれています。そして、これは、外来性物質であり、無処置の生物の内分泌系に対して、その個体もしくはその子孫の世代の何れかの段階で健康障害性の変化を起こさせる物質であると定義されています。
そして、生体の恒常性、生殖、発生あるいは行動に関与する種々の生体内ホルモンの合成、貯蔵、分泌、体内輸送、結合そしてそのホルモン作用そのもの、あるいはそのクリアランスなどの諸過程を阻害する性質を有するとされています。

表1 内分泌各欄を生じると想定される化学物質についての

OECDの質問への各国からの回答


 生体へのホルモン作用機序を略図化すると図1の様に神経、内分泌、免疫系の概念となってきます。また、ホルモンは大まかに、次の・下垂体ホルモンやカテコールアミンが含まれるペプチド・アミン系、・性ホルモンや鉱質コルチコイドが含まれるステロイド系、・甲状腺ホルモンの含まれるジフェニルエーテル系に3分類できます。また、ホルモンは機能として、成長、分化、発育、生殖機能、糖質代謝、電解質平衡、神経疫学系の発育や機能に深く関与しており、環境ホルモンが、内分泌系の情報伝達の撹乱のみならず、免疫系や神経系の機能にも影響を及ぼすことが推測されます。
(2)環境ホルモンの種類
 環境ホルモンを大まかに分類すると・合成化学物質、・合成ホルモン剤、・植物性ホルモン剤の3つに分類されます。
 合成化学物質は、表1に示した様に、現在、約70種類の物質が確認されており、これからの研究しだいでは増える傾向にあります。この中には、ダイオキシン、DDT、PCBなどすでに、強毒性化学物質として知られているものから、アムソン酸やシロキサン等のその機序がはっきり解明されていないものまで含まれています。
合成ホルモン剤としては、ジエチルスチルベンゾール(DES)を始めとする合成の性ホルモン及びステロイドホルモン剤です。これは、直接的にホルモン様作用を生体に及ぼします。
 植物性ホルモンとは植物の中で、他の生物に効果のあるホルモンとして働いていないが、他の生物に効果のあるホルモン様化学物質を作り出すものがあり、特に豆科植物のフラボノイド化合物が有名です。植物性ホルモンを含有している食品としては、パセリ、ニンニク、コーヒー、ジャガイモ、
ニンジン、キャベツ等々、多くの植物があり、人は、大体一日に1,5gくらい、これらの植物性ホルモンを摂取している計算になります。
(3)環境ホルモンの野生生物への影響
 表2に、環境ホルモンが野生生物へ与えた影響についての報告を一覧にして示しました。
 まず、米国フロリダ州のアポプカ湖で発見されたワニの生殖異常があげられます。これは、ワニの雄の生殖器の大半が正常の1/4〜1/2に縮小するといった脱雄性化の現象と、ワニの卵の卵孵化率が正常群の1/5〜1/10であったとの報告で、この原因が近くの農薬工場から流れ込んだDDTなどの環境ホルモン様物質と推測されています。
 オランダでは、1950年から1975年の25年間に特定地域のゼニガタアザラシの数が3000頭から500頭へ激減し、また、カナダのケベツク州ではシロイルカが数十年の間に、1/10の500頭まで減少したことが1995年に報告され、体内に高レベルで検出されたPCBが、これらの原因ではないかと推測されています。
 また、フロリダ南部では、ピューマの雄の実に90%が、精巣が片側あるいは両側に体内に埋まってしまう潜伏精巣が報告されています。このピューマの餌は、水辺に住むアライグマで、アライグマの体内から高濃度のPCB、DDE、水銀が検出され、ピューマの雌化は環境ホルモン様物質の食物連鎖が疑われています。またこの他に、5大湖周辺のカモメの雌化、メリケンアザラシの生殖能力の低下、ハクトウワシの卵孵化率低下等々が報告されています。
 環境ホルモンの魚への影響は英国の事例が有名です。コイの一種であるローチという魚の雄雌同体化しているものが汚水処理施設の下流で発見され、避妊薬ピル由来の合成女性ホルモンが汚水施設を通じて流れ込んだのではと推測されています。その他、エアー川のニジマスの精巣の縮小、これは界面活性剤のノニルフェノ−ルエトキシドが原因物質であると推測されています。
 その他、フロリダでは紙パルプ工場の下流で、カダヤシという魚の雌が雄性化していたり、五大湖ではサケの甲状腺機能が異常をきたした報告があります。また日本では、多摩川のコイのメス化、巻き貝イボニシのオス化等々が報告されています。
 植物性ホルモンの影響としては、1946年に、オーストラリア西部のパースで、大部分の雌羊が妊娠しなくなり、これの原因が、牧草のクローバーであったことより羊のクローバー病として有名です。
(4)環境ホルモンの人への影響
 環境ホルモンとの関連が疑われている人の健康影響を表3に示しました。
1992年にデンマークの研究者が「わずか50年間にヒト男性の精子が半分に減少していた。」と報告したのが始まりです。これについては、各国で現在、追跡調査中です。
子宮内膜症とは、本来子宮の内腔を覆っている子宮内膜組織が、腹腔などの子宮以外の部位で発生・発育する病気で、生理痛、性交痛を伴うことが多く、不妊の原因ともなります。この子宮内膜症が近年増加傾向にあり、この原因がダイオキシンの様な環境ホルモンではないかと言われていることです。
 さらに、30歳前後の男性で精巣癌が急増しており、この原因も環境ホルモンが関与しているのではないかと推測されています。
また、表3に示した疾患は、注意して観察すると、大部分が生殖ホルモン関与疾患であり、近年、急激に増加傾向を示しています。
(5)環境ホルモンに対するこれからの対策
以上の様に、環境ホルモンによってヒトへの健康影響が起こっているかどうか明確な因果関係は確率されていないのが現状です。これに対して、まず行うべきことは、疫学研究も含めた、広範囲な研究を行うことが必要でまた、環境ホルモンが特に人類の生存に最も大切な生殖に関する影響が大きいために因果関係の立証に必要な実験的研究を迅速に行う必要がります。
 さらに、現在環境ホルモン作用が解明されている物質や疑わしい物質は極力、生産及び使用を避ける対策が必要と思われます。またこれと同時に、現代人の生活スタイルの変更が最も重要なポイントとなります。即ち大量生産、大量消費の概念をやめ、なるべく、自然及び環境に順応した生活スタイルを取ることと、人工化学合成品の生産の制限、エネルギー消費の節約、食料生産の自然化等々、生産工程の見直しが必要になってきます。この様な施策を全世界的に展開することが、最も必要な事柄と考えられます。現代の我々は文明の恩恵を過剰に享受するあまり、そのしっぺ返しを受けているものと考えられます。