騒音環境基準の改訂と医学部周辺拡張道路騒音を考える
                    医学部衛生学教室 岩本美江子

 今年の1月に長田泰公先生(元国立公衆衛生院院長・現顧問)から封書が送られてきた。内容は、政府は昨年9月30日に騒音に係わる環境基準を30年ぶりに改訂する告示を行った。 そこで騒音等の環境問題にたずさわってきた者が急遽集まり、騒音の環境基準改訂告示の取り消しを求める専門家の会を発足させるとともに、緊急声明を公表し、各界に告示取り消しの行動を呼びかけている。多少とも環境問題と係わってきたわれわれは専門家の声を大きくする必要がある。よってこの会(会費1年1万円)に入会していただきたいという趣旨のものだった。 
しかし、そういう専門家の抗議とは関係なく、この改訂された騒音環境基準は平成11年4月1日付けで施行された。
 今回の騒音環境基準改訂が、山口大学医学部周辺の柳ケ瀬丸河内線の4車線拡張による道路騒音問題と多少の関わりがあることを鑑み、このたび山口大学環境保全の原稿を依頼されたのをきっかけに、日頃気になっていたことを述べてみる。

 1.騒音環境基準改訂(平成11年4月1日施行)の要旨
(1) 等価騒音レベルの採用: 騒音の評価手法として、これまでの騒音レベルの中央値(LA50)から等価騒音レベル(LAeq)に変更する。等価騒音レベルとは、騒音データをエネルギー量で平均して、何デシベル(dB)の騒音に相当するかを求めたもので、その利点は、騒音の総暴露量を正確に反映し、住民反応との対応が良好かつ、国際的にも広く使われていることで採用された(注:LAeqはLA50より通常2dBから4dB高くでる)。
(2) 新たな評価の原則の導入:個別の住居等が影響を受ける騒音レベルによる評価と、地域ごとに当該地域の環境基準の達成状況を把握することによる評価が行われる。
(3) 新しい環境基準値の設定:新旧環境基準値を比較したのが下の表である。
新基準と旧基準の比較(単位はデシベル(dB))
地  域  類  型 新基準(LAeq) 旧基準  (LA50)
昼間 夜間 昼間 朝・夕 夜間
AA 療養施設等、特に静穏を要する地域 50 40 45 40 35
A 専ら居住地 55 45 50 45 40
うち道路に面する地域 60 55 55〜60 50〜55 45〜50
B 主に居住地 55 45 50 45 40
うち道路に面する地域 65 60 55〜60 50〜55 45〜50
C 相当数の住居、商業、工業等地域 60 50 60 55 50
うち道路に面する地域 65 60 65 60〜65 55〜60
A,B,Cのうち幹線道路近接空間 70 65 − − −
同 上 の 屋 内 45 40 − − −
■ 地域類型は新基準で表示。 新旧基準ともA特性で測定。
■ 新基準では朝夕の区分がなくなり、昼間は午前6時から午後10時、夜間は午後10時から翌
  日の午前6時まで。
■ 道路の車線区分も変更され、A、B地域では2車線以上、C地域では車線のある道路が対象。
■ 幹線道路は高速自動車国道、一般国道、都道府県道と4車線以上の市町村道。2車線以下
では、道路瑞から15b、2車線を超える場合は20bまでの範囲が「近接空間」とされた。
■ 達成期間は▽「幹線道路で交通量が著しく多く達成困難な地域」は10年を超える期間で可及的に速やかに▽新設道路は供用後直ちに、とされている。
 2.専門家による「騒音に係わる環境基準の改訂」に反対する声明の要旨
 環境の評価や対策等に関する技術的進歩によって、時宜に適した見直しが行われることは当然のことである。今回の諮問の建前も環境騒音の評価方法の技術的見直しであるとされていた。しかし実際はそのようなものではなく、以下に述べる理由から極めて重大な問題を孕んでいる。
(1) 今回の改定基準は最高裁の認定した受忍限度を超える著しく異常なもの: 今回の改定基準のうち、最も問題となるのは幹線道路に面する地域での特例である。ここでの基準は昼間70dB以下、夜間65dB以下となっており、1995年国道43号線訴訟において最高裁判決の受忍限度 ( 65dB LAeq )を遙かに越えている。
(2) 環境哲学の放棄: 上記基準に拘わらず、幹線道路に面する地域では、屋内の騒音が昼間45dB以下、夜間40dB以下を基準とすることができるとなっている。言いかえれば、屋外の騒音がどんなにひどくとも屋内の騒音がこれ以下であれば、生活環境が保全されていると見なすわけである。しかも、この屋内で評価する特例を幹線道路沿いの地域のみでなく、その背後の住宅地域等も拡大して、道路騒音が到達する高層住宅などにも適用するとしている。これまでの環境基準は地域の基準であり、当然、屋外値であったから、これは、地域での基準達成という環境対策の責任を免責し、家屋の防音性能に転嫁させるものであるばかりでなく、いわば「シェルター」の思想であり、環境哲学の放棄であるから、騒音に係わる環境行政の基本の変更を意味する。
(3) 他の騒音対策への波及: 環境騒音対策の目標を屋内レベルに置き換えるこのような考え方は、鉄道、航空機等の環境基準、地方自治体の条例等にも波及する虞が極めて強い。
(4) 環境アセスメントの評価基準の決定的緩和:
(5) 騒音被害の認定への影響:
(6) 他の基準への影響:屋内で暮らせれば良いという発想は、大気環境基準にも当然つながり、エアクリーナーをつければ外の空気がどんなに汚れていても良いということにもなり、全ての環境基準を無きに等しいものにするおそれがある。

 3.医学部周辺拡張道路騒音について
今回改訂された騒音環境基準では、新しく幹線道路近接空間が設定され、ここには特例として昼間70dB、夜間65dBという緩和基準が新設された。環境庁は当初、基準の上限値を最高裁判決が受忍限度とした65dBとしていたが、「厳しい基準だと道路が造れない」とする建設省側の意見等により70dBに緩められたと伝え聞く。
 現在、医学部周辺の柳ケ瀬丸河内線の4車線拡張工事が進んでいる。完成の暁には利便性は良いが、走行台数の激増する道路になるであろう。そのため学術、医療、研究施設である医学部、附属病院や医療技術短期大学部への騒音環境の悪化は免れない。しかし、この宇部都市計画道路工事発足にあたり、医学部と宇部市の間では医学部周辺環境保全を目的に何年も前から協議会が開かれていた。宇部市は現況騒音測定や将来予測騒音の推定等を精力的に実施し、医学部周辺の環境保全のために、車線から建物までの距離保持や防音対策に最大の努力をするとの結論に達したと記憶している。しかし当時は旧環境基準が有効で、基準値は全て地域類型によって決められていた。新基準における幹線道路は地域類型に関係なく、4車線以上の市道も対象になり、柳ケ瀬丸河内線は市道4車線になるので、道路の端から建物までの距離が20m以内であれば、新基準の特例である昼間70dB、夜間65dBという緩和基準が適用されることになる。さらに言えば、もし達成されなければ窓を閉めた状態で昼間45dB以下、夜間40dB以下であればよいということにもなる。
環境基準がどんなに改正されようと、これまでのいきさつ上、柳ケ瀬丸河内線の拡張工事完成時には、附属病院や医療技術短期大学部の騒音レベルが、せめてA類型以下さらには現況以上に大きくならないであろうと信じている。この道路を朝夕利用し騒音を発生させ恐縮しているのですが、通るたびに、今回の騒音基準の改定が、柳ケ瀬丸河内線の4車線拡張による医学部周辺の騒音環境に悪影響を及ぼさないであろうことを心から祈念している。