畜産廃水処理施設を見学して(雑記)    農学部 外山博英

 今から1年半近く前になるが、当学科の同僚に誘われて、美祢市にある家畜試験所の廃水処理施設を見学に行った。そこでは牛舎からの糞尿を含む廃水を微生物処理しているのだが、不思議なくらい悪臭がしなかった。臭いはしたが、それは田土の臭いに近い。この施設では、「8千年前の珪藻を含む沼地の底の土である、ある種の腐植(エンザイム腐植)」を使って廃水の処理を行っているとのこと。この「エンザイム腐植」処理水を家畜に飲ませると、肉質が良くなったり病気になりにくくなるとのことであった。この処理法には特許がある(平5-66199)が、特許公報を読んだだけでは、化学的観点からも微生物学的観点からも、全く理解できなかった。そこには、「フェノール又は/及びフェノール露出基のある化合物を含む代謝産物」が廃水と混合されると塊状産物を形成し、分離処理されると書かれている。しかし、その化合物が具体的にどのような物質であるかについての記述はない。「腐植」について調べると、「有機物が土壌微生物により分解を受けて生成した分子量数百から数十万の天然有機物質」であり、構造についてはまだはっきりしていない、と書かれている。腐植をアルカリで処理したときの可溶部分のうちの、酸性にしたときの可溶成分がフルボ酸、沈殿物をフミン酸と呼び、アルカリにも酸にも不溶の部分はヒューミンと呼ばれる。「エンザイム腐植」の説明には、「フルボ酸及びその鉄錯体の含有量は数十パーセント(乾物)にも及び」という記述が見受けられるので、有効成分はフルボ酸ということのようだ。消臭のメカニズムについては推測するしかないが、有臭物質等が物理的な吸着や化学結合形成によってフロックを形成して、沈殿物となり除去されるようだ。「エンザイム腐植」処理水(抽出液?)が短時間で消臭に有効であると書かれているので、抽出された物質そのものの効果であって、微生物関与による分解ではないと推定される。
 処理施設を建設した企業の資料によれば、処理の基本システムは、図に示したようなものである。「エンザイム腐植」は土壌菌培養器にセットされていて、そこで有用微生物群が培養され、その一部が流量調整槽に注入されている。有機物は約9割が流量調整槽の段階で除去されるそうで、実際、この段階でも臭いはほとんどなかった。資料では、フルボ酸のような有効成分を土壌微生物が生産するように仕向け、そのような有用土壌性バクテリアを安定的に培養して供給するために「エンザイム腐植」が必要であると書かれている。特許公報にも「該細菌群によるフェノール系代謝機能が発現し、継続するためには、一定の条件下で該細菌群が<フェノール又は/及びフェノール露出基のある化合物を含む代謝産物>の存在下に置かれ続けることが不可欠」とあるが、この記述が正しければ、微生物の管理が適当であれば「エンザイム腐植」がなくても廃水処理は可能なことになる。処理後の余剰汚泥はいわゆる土の臭いを放っていたので、放線菌類が関わっていることが推測できる。また糞尿処理した時の培養液は液肥と称されるが、それには糸状菌や大腸菌は0で、放線菌が極めて多いとあった。一緒に見学に行った同僚によると、彼の友人である養豚家も、このシステムでの悪臭発生が極めて少ないこと、「エンザイム腐植」の存在が悪臭発生の防止に有効であることを証言しているそうだ。この「腐植」は、特定の微生物群の安定的維持を容易にしているということらしいが、一般的には、常時雑菌が流入するうえ諸条件が変動しやすい開放系の処理施設で、特定の微生物群を安定的に維持することはかなり難しいことである。このシステムで、どのような微生物が「エンザイム腐植」でどのような原理で安定化され、浄化が行なわれるのかには興味があるので、機会があれば調べてみたいと思う。
 施設を見学して感じたことを一つ。この施設は、何千万円もの建設費を要したと思われる立派なものである。中小の畜産業者がこのような高価な処理施設を造れるはずがない。行政機関の一部である県営畜産試験場は、廃水処理においても、一般の畜産農家も導入できるようなもっと簡素で廉価な施設を設置して、モデル的な機能をも果たすことが必要であろうと思う。また、この施設は自動化されていたが、もっと素人がトラブルに対処しやすい構造にすべきである。畜産廃水のような固形物が混入しやすい流体や液体と固体の混合物を扱うポンプではトラブルが発生しやすい。トラブルのたびごとに遠方から業者を呼ばなければならないようでは、常時運転は望めない。ポンプのトラブルを避け、建設コストを下げるために、流体の移動も、できるだけポンプを使わない自然流下方式にすべきであろう。感心したのは、曝気部分には、散気板ではなく、柔軟性のあるプラスチック製散気チューブが採用されており、散気孔の詰りが起こりにくいように工夫されていたことである。

 われわれが近代的な生活を営めば、どんな対策を講じたとしても、環境には負荷がかかる。だからと言って、環境保全のための対策をおろそかにしてもよいわけではない。人類が現在のような便利さと豊かさを求めて行く以上、環境に負荷をかけざるを得ない存在であるという認識(自戒の念)を持ち、その認識に基づいて、その負荷を減らす方法手段を真剣に考える必要があろう。そのために有用微生物を有効利用することが不可欠であろうし、そうした廃水や廃棄物の処理のための安価で普遍的な生物学的処理システムの開発が望まれる。自分自身もその一助を成せれば幸いと思っている。
 施設の見学と原稿執筆の機会を下さった環境バイオ講座の西口先生に感謝いたします。

      処理フロー図