特集:廃棄物処理に関する事柄

化学的酸化処理法による環境浄化        理学部 山崎鈴子

 有害化学物質による環境破壊は、1960年代には、工場が直接、環境中に排出したことにより、”公害”という形で現れた。今は、”公害”という言葉をあまり聞くことはないが、有害物質が無くなったのではなく、産業廃棄物として処理されるようになっただけである。最近では、環境問題に関する関心が高まり、また行政による種々の規制が取られるようになったので、有効でしかもコストのかからない廃棄物の処理技術の開発が望まれている。

 有害化学物質の一つに、有機塩素化合物がある。半導体工場や電子機器関連工場などで金属の脱脂洗浄用に用いられているテトラクロロエチレンやトリクロロエチレンのような揮発性有機塩素溶剤、プラスチック容器や包装材料として多量に用いられている塩化ビニルなどである。かつては様々な用途で用いられたポリ塩化ビフェニル(PCB)、フロンガス、有機塩素系農薬などもある。これらの多くは、難(非)分解性で発ガン性があり、水に溶けず油脂に溶けやすいために、人体に取り込まれると脂肪に蓄積されると言われている。また、フロンガスは成層圏のオゾン層を破壊し、有害な紫外線の地上到達量を増加させる。そのため、有機塩素化合物を削減し、他の生分解性のよい物質に代替することが考えられており、またPCBのように今では製造・使用が禁止されているものもある。しかし、適当な処理方法がないために、過去に製造、使用されたPCBが処分できずに貯蔵されているのが現状である。今年になってマスコミで大きく取り上げられたダイオキシンも有機塩素化合物であるが、製造過程で不純物として副生成したもの、つまり非意図的生成物である点が上述の化学物質との大きな違いである。天然の毒物の中には、ボツリヌス菌や破傷風菌の毒素などのように、ダイオキシンよりも強い毒性をもつものもあるが、我々が作り出した人工物質の中ではダイオキシンが最も強い毒性を持つ。

 有機化合物は燃やすと完全分解され、二酸化炭素になる。国内では1980年代後半に約5500トンのPCBを焼却処分したことがあるが、焼却でダイオキシンが発生するとの指摘があり、焼却処理以外の技術開発が求められている。燃やすことは、高温で酸素と化学反応させるわけであり、酸化反応に相当する。酸化技術を用いた有害化学物質の分解方法は、Advanced Oxidation Technologies (AOTs)と呼ばれ、盛んに研究されている。この技術では、強力な酸化剤の一つであるOHラジカル(.OH)を生成させて、有害な有機化合物を酸化分解させる。OHラジカルを発生させる方法の違いから、以下のように分類されている。

(1)化学的に酸化する(酸化還元反応の利用)。

 この反応では、硫酸鉄(II)などを水に溶かして2価の鉄イオンを作る。3価の鉄錯体に200〜300nmの紫外線を照射して生じた2価の鉄イオンを用いる方法は、光フェントン法と呼ばれている。

  Fe(C2O4)33- + hn → Fe2+ + 5/2 C2O42- + CO2

(2)過酸化水素水に紫外線を照射する。

 過酸化水素(H2O2)に波長が200〜300nmの紫外線を照射すると、OHラジカルが生成する。理論的には、1個のH2O2から2個のOHラジカルが生成することになる(量子収率:2.0)が、実際には半分が再結合してH2O2に戻るために、OHラジカル生成に対する量子収率は1.0である。

  

  H2O2 + hn    (2 .OH)cage     .OH

(3)二酸化チタンに近紫外光を照射する。

 二酸化チタンは約3.2eVのバンドギャップを持つn型の半導体である(図1)。これは、波長になおすと、380nmに相当する。従って、380nmよりも短波長の紫外光を吸収すると、価電子帯から伝導帯に電子が励起し、価電子帯には電子の抜け殻である正孔(ホール)が生成する。その結果、二酸化チタンの表面では、電子による還元と、正孔による酸化が対になって起こる。価電子帯の正孔の酸化力は水道水の処理に用いられている塩素やオゾンよりも強く、水中あるいは大気中では、水分子を酸化し、強い酸化力を有するOHラジカルを生成する。対となる還元反応は、水中あるいは空気中の酸素の還元であり、生成したスーパーオキサイドイオン(O2-)は過酸化水素を経て、OHラジカルを生成したり、あるいは、水と酸素になると考えられている。

(4)超臨界水を利用する。

 水は温度が374℃以上、圧力が218気圧以上の条件では、液体と気体の中間的な性質を有する超臨界流体になる。常温の水は、電解質や極性物質を良く溶かすが、油のような無極性物質を溶かすことはできない。しかし、超臨界水では無極性物質を溶かすこともできるようになり、多くの有機物が溶ける。また、水分子は熱的に解離し、OHラジカルと水素原子を生じる。ダイオキシン、フロン、四塩化炭素などの難分解性物質を分解できることが報告されている。

 その他として、電子線やガンマ線を照射したり、あるいはプラズマを利用してOHラジカルを生成させる方法も研究されている。

 (1)(2)の方法では、オゾンや過酸化水素などの試薬が反応により消費されるのに対して、(3)の二酸化チタンは固体触媒であり、自らは変化しない、つまり消費されないという利点がある。近紫外光を照射する必要があるが、太陽光を利用することもできる。また、水中だけでなく、大気中の有機塩素化合物をガスのまま分解することもできる。(4)は、副生成物が生じず、有害な有機化合物を完全に二酸化炭素まで分解できることから大きな期待をもって盛んに研究されているが、超臨界状態を作り出すためには、高価な特殊装置を必要とする。

 これらの技術を使った環境汚染物質の分解・無害化を目的とした研究が世界中で行われている。今年の5月、アメリカ合衆国ニューメキシコ州のアルバカーキーにおいて、第5回のAdvanced Oxidation Technologies for Water and Air Remediationと第4回の”TiO2 Photocatalytic Purification and Treatment of Water and Airモの国際会議が5日間に渡って同時に開催された。発表件数は前者が64件、後者が92件であった。発表件数からもわかるように、AOTsの中でも二酸化チタン光触媒の研究が最も多く、それゆえに他のAOTs技術とは独立して国際会議が開かれている。