8.[環境保全]教育と生物学教育

                理学部 三戸  信人・宮川  勇・江ロ  亨

 この機会を借りて,過去六年余の間に私達が学生実験に組み入れて行った「環境保全」教育の内容を紹介し,併せて,その中で得られた吉田地区「環境保全」についての感想を二,三述べさせて頂くことにしたい。

1.物質による「環境汚染問題」の教育一一生物化学の場合

 大学における薬剤の管理・処理に関して,「実習」を通してきちんと教育することは,理科系学部の場合,特に重要である。一つの事業場,それも教育機関である大学の構成員として,学生に現在の法規,規則類を十分に認識させる事は,社会の中の大学人としての立場からだけでなく,将来の社会人としての基礎を身に付けさせる上からも不可欠であることは,いまさらいうまでもない。したがって,私達,生物化学講座の教員としては,理学部生物学科の教育において,薬剤が大学へ入ってから出て行く迄の管理法とその理念を,専門の学生に教育する責任があると,一応,自覚しているつもりである。                               例えば,3年生を対象とする生物化学実験(必修2単位)においては,薬品の購入,管理(特に毒物,劇物,溶剤),更にRI,病原菌,DNA組換え体等も含めた,それらの廃棄について,理念,法律,規則等の概括的な説明を行い,実験の中でそれを意識して守らせるようにしている。無論,一般的な化学実験における事故,災害の防止,対策,応急処置等も教授する。しかし,遺憾ながら,排水処理センターの見学や実技までは行っていない。これは,「環境保全」の講義を今後開講する問題と共に大切な検討課題と考えている。ともあれ,以上の通り,私達が専門の学生を対象とする場合については,どの学部,どの大学でも最低限度行っている程度を越える内容ではないと言わざるをえない。                             もし,私達の教育で,多少,特徴がある点を挙げるとするならば,上記の必修実験ではなく,教職単位用生物学実験として実施して来た「河川水の微生物調査」であろう。この生物学実験は,生物学科と数学科を除く他学科,即ち,物理学,化学,地質学鉱物科学の教員希望の3年生を対象としており,生物学科全教官で行っているが,各講座には隔年で回って来るl単位の授業である。それを生物化学が担当する場合に,「微生物」を取り上げているという話である。現代の理科教師たらんとする者には,ライフサイエンス,バイオテクノロジーに不可欠な「培養」,「微生物」の取り扱いを身近に感じさせること,バイオメトリー,人間環境把握の基礎を体験させることが必要であるとして,このような「無菌操作・分離調査の実習」を行っている。この実験を通して学生達は「環境保全」についてもいささか考えるようである。彼らが得たデータから,その一部を紹介しよう。

2.九田川の細菌数測定

 過去6年間,4回にわたって学生達が出した値は,器具,時間,集団作業等の制約から,その客観性に問題があることも事実だが,得られた結果はそれなりに興味ある傾向を示している。                               対象の九田川は,仁保川から取水され,姫山の麓を巡って大学脇を南西方向に流れる。理学部分析化学・無機化学研究室,排水処理センターによる「山口大学吉田地区構内の水質調査」(「山口大学環境保全」No.1,38,l985)や「同左(2)」(「同左」No.2,9,1986)で調査されている九田川の3地点が,私達の実験における学生達の測定点とほぼ同じであった。そこで,ここではそれらの調査地点E,F,G(図l)の結果を示すことにした(表l)。                        サンプル水の希釈は滅菌生理食塩水で行い,一般細菌の数は肉エキス,ペプトンからなる普通寒天培地で,大腸菌群細菌の数はデオキシコーレート培地で計算した。要するに,JISの方法に沿って行っている。                     水質は本年の場合のみ測定した。CODは,過マンガン酸カリウムー酸性法で,その他の因子については堀場の水質チェッカーU一7を用いて,宮田克己さん(修士l年)に測定してもらった。その結果が,表2である。

3.「結果」から考えられること,学生達の推諭など

 年々の測定結果から学生達は,彼らなりに自分達の生活排水について,その処理後の行方や処理センターに目を向けて,いろいろと考察している。          例えば,l983年とl985年の場合,F,G両地点で,一般細菌,大腸菌群細菌とも,増加している。その年の学生達はレポートの「考察」で排水処理センターの処理不十分なのではないかと述べている。さて,それらとは逆にl98l年には大腸菌群のみが,l987年の場合は一般細菌,大腸菌群とも,センター排水の下流で激減している。今年の場合は,大まかな水環境の分析もほぼ同時刻に行ったが(表2),F,G地点で,CODや導電率が増加している。当然,学生達は,これらの点から,菌数低下が排水処理センターで薬剤処理を行った結果ではないかと推論している。        学生の推論の当否は別として,全般に,川上のE地点から,菌数,とくに大腸菌群の値が高いことを不審に思われる方も多いかと思う。その理由は,E地点の上流に養琢場や多数の住宅,アパート等があるためである。実は,ここにデータは示さなかったが,上流地点についても調査を行ってきた。l981年以降,年々住居が増えており,その家庭排水が多く流入するようになっていることは確かである。          ところで,以上のような方法によって河川水細菌数の微妙な変化を検出しようとすること自体に問題があると言うべきかもしれない。毎回の学生実験の当初に,私達が注意を与えていることにもよると思うが,採水の場所によって値が異なる,標本数も少ないなど,サンプリングの方法に検討すべき点が多いことを強調している学生もいる。

4.終わりに

 繰り返しになるが,以上は,腕の未熟な,年々異なる学生が求めた値である。しかも,2年置き,冬のl日の特定時間,l回だけの測定に過ぎないから,l年を通した状況を推論すること等とても出来ない。それにしても,私達は,上流から下流へと細菌数の変化する傾向だけは,いささか気になって仕方がない。自らの排水を「管理」する立場にある私達としては,このようなデータからも今後検討すべき問題点を読み取ることが必要かもしれない。とにかく,九田川は農業用水なのである。         この事に関連して,気にかかっていることがもう一つある。毎年,除草剤がキャンパスの芝生などに散布されている。土壌に残留し,やがて地下水に入り,農地に移行する恐れはないのだろうか?正確な情報をどなたかに提供して頂きたいものである。(l987.8.28)