研究科長挨拶

2012年4月 

点と点を結ぶ
   

連合獣医学研究科長
木 曾 康 郎


 研究科長に就任して1年が過ぎました。振りかえると,東日本大震災,それに続く原発事故により,未曾有の困難な状況から始まり,いまだ復興の目途が立たない状況ですが,我々は「人と人との結びつき」の大切さを学びました。本研究科は,沿革も立地条件も特色も異なる3大学が連合した独立研究科でありますので,この1年,構成3大学を代議員会,特別講義等で訪問しましたが,改めて,各大学とも個性が豊かで,全く異なることを再認識し,「組織と組織の結びつき」の大切さを実感しました。さらに宮崎大学も含めて各4大学で開催された学位発表会に出席し,熱い討議に触れて「知識と知識の結びつき」の大切さを痛感しました。

 人にしても組織にしても知識にしても,あるものとあるものを結ぶという作業は多くの辛労を伴います。昨年10月に亡くなったアップル最高責任者のスティーブジョブズ氏は,スタンフォード大学卒業式で,”connecting the dots(点と点を結ぶ)と題した講演をしています。ジョブズ氏は中退した大学でカリグラフィ,すなわち文字の書体,作り方,美しさの技法等を学問として学びましたが,これが後のマッキントッシュコンピューターの美しいフォントとなって,爆発的にヒットすることになります。一見関連性のないカリグラフィとコンピューター
が結ばれて新しいコンピューターが誕生したわけです。その後もiPod, iPhone, iPadを世に送り出し,すでに今世紀我々のライフスタイルを最も変えた人物とされています。しかし,革命的と言われたiPod, iPhone, iPadはいずれも技術的に新しいものは何もなく,それまでにあった他社の技術を結んだものでした。重要なものは新しいコンセプトだったのです。ジョブズ氏は「未来を先回りして点と点をつなぐことはできない。新しいコンセプトで過去を振り返り,点と点を結ぶことで新しいものを生むことができると信じることが一番重要である」(意訳)と述べています。

 本研究科は設立22年を経過し,これまでに338名(2012.3.31現在)に博士号を授与してきており,地方大学を結んだ学位授与機関として,一定の機能を果たしてきました。今後もこの機能はしっかりと果さなければなりません。教育の実質化や研究の高度化に向けて,横断的な研究拠点構想,客員教員制度の創設,連携大学院の拡充,海外の大学院との共同教育課程の設置等々,いくつか企画し,鋭意努力をしているところですが,歴代の研究科長,副研究科長および代議員の方々がご腐心されてきたのと同様に,いくつかの場面で困難な壁に直面します。本研究科は社会人院生が多いのが特色の一つで,キャリアアップのために学位を必要とするのは当然で,設立以来,これを重点支援項目の一つとしてきました。今後もこのスタンスは変わらないのですが,社会人院生は自身の研究機関で研究を実施することが多く,所属大学の教員でさえ接する機会が多くなく,教育の実質化の観点から言って,e-Learningの整備は当然としてもさらに一歩踏み込んだ方策が必要だろうと感じています。一般院生や留学生は配属大学で研究を実施していますが,3大学にまたがる多様な研究者との交流が十分には生かされていない気がします。副指導,共通ゼミナール,特別講義等で他大学配属の院生と接するだけでは不十分で,院生間および院生と他大学の教員との交流をもっと深める方策を考える必要があります。これも点と点を結ぶ難しさを示しています。研究の高度化に必要な大型の研究費獲得はさらに困難さが増します。例えば,概算要求や学長裁量経費においては,本研究科の要求は基幹校の山口大学を経由することになりますが,自身の学部・研究科でさえ満足な順位にならない状況下で,他大学に配布することになる本研究科の予算要求には熱心になれないことになり,不利な状況が続くことになります。従って,外部研究費の申請に情熱を傾けることになりますが,基幹校である山口大学を経由することに変わりなく,学内の申請件数に制限があれば,本研究科はやはり不利な状況が続くことになります。縦割り制度の弊害と言えば言えますが,これも点と点を結んで何かを実施する際の難しさを表しています。不利な状況下でも,本研究科のプレゼンスを示すためにも学内外の研究費獲得に積極的に取り組みたいと思います。

 点と点を結ぶ大切さは重々承知しているのですから,これの困難さの克服のためには,どうやら新しいコンセプトが必要になっている感じがします。ジョブズ氏が述べたように,本研究科の将来を考える新しいコンセプトを構成員(教員のみならず院生も含めて)全員で議論する時が来たのかもしれません。本年4月から,日本の各地で新しい獣医学教育の連携が始まります。大歓迎すべき連携ですが,これの目標は国際水準の獣医学教育の実現であり,獣医師資格の国際的な質の保証(アクレディテーション)の取得ですので,大学院の新しいコンセプトにはなりえません。学部にしろ,学科にしろ,形態は異なっても,本研究科を構成する重要な土台であることには変わりありませんので,新しい教育体制とクロストークしながら,研究の活性化を組織的かつ戦略的に図る新しいコンセプトに関する議論を少しずつ始めたいと思います。構成員皆様の「点と点を結ぶ」ための建設的なアイデアをよろしくお願いします。